映画『ビニールハウス』

Greenhouse 비닐하우스

【2022年/韓国/100min.】


畑の真ん中にぽつんと建つ黒いビニールハウスに一人で暮らす中年女性 ムンジョン。
息子のジョンウは少年院におり、ろくに電話もしてこないが、ムンジョンは親子で住める家を得たくて資金集めのために訪問介護の仕事を続けている。

世話をしているのは失明した夫テガンと認知症を患う妻ファオクという老夫婦。
ファオクからはよく酷い言葉を浴びせられるが、それでも献身的に世話をするムンジョン。

テガンが外出したある日、いつものように入浴をさせていると突然暴れ出したファオク。
水を掛けてきたり殴り掛かってくるファオクに必死に抵抗していたムンジョンだが、 弾みで彼女を突き飛ばしてしまう。
床に倒れたファオクを起こそうとすると、頭から血が流れ、もはや意識は無し。
急いで携帯電話を手に取り、動揺しながらも救急車を呼ぼうとしたその時、少年院のジョンウから着信。

息子との将来を考えたムンジョンは、息絶えたファオクを布団に包んでビニールハウスへ。
そしてファオクの代わりに認知症の実母を連れて来て、盲目のテガンと生活させることにするが…。




存在を知った時から、漠然と自分好みの匂いを感じたので、公開早々に鑑賞。
結果、勘は当たっていた。


概要

原題『비닐하우스 Greenhouse』


韓国の李率熙(イ・ソルヒ)、長編監督デビュー作。
脚本も監督自身で。



Greenhouse 비닐하우스

이솔희 Lee Sol-hui


李率熙は、1994年 韓国ソウル生まれの監督さん。
成均館大學校 성균관대학교でマルチメディア映像学科を卒業後、KAFA 韓国映画アカデミー 한국영화아카데미の監督科進学。
韓国映画アカデミーの卒業制作でもある短編『개미무덤~Anthill』(2021年)が、第26回 釜山国際映画祭 ワイドアングル 韓国短編映画部門に入選。


Greenhouse 비닐하우스

長編監督デビュー作である本『ビニールハウス』は、第27回 釜山国際映画祭 韓国映画の今日 ヴィジョン部門に選出され、結果、CGV賞WATCHA賞オーロラメディア賞の3賞を受賞。


物語

本作品は、ビニールハウスに暮らしながら、少年院にいる息子と住める家に引っ越すという夢に向かい、老夫婦の訪問介護で金を貯めている女性 ムンジョンが、勤め先の老婦人ファオクが事故死し、それを隠したのを境に、負の連鎖を招いていく悲劇を描く犯罪サスペンス



Greenhouse 비닐하우스

主人公のイ・ムンジョンは裕福な老夫婦の訪問介護をしている中年女性。


Greenhouse 비닐하우스

世話をしている老夫婦はというと、夫テガンは視力を失っており、妻ファオクは認知症で、ムンジョンに対する言動が攻撃的。


Greenhouse 비닐하우스

それでも献身的に介護をしてお金を貯めているのは、少年院にいる一人息子のジョンウと暮らす家が欲しいから。


ある日、毎度のように認知症のファオクがムンジョンに当たり散らし、揉み合いになった結果、倒れ、当たり所が悪く死亡。
ムンジョンに非は無い、これは事故である。
慌てて救急車を呼ぼうとするムンジョンだが、彼女にその当たり前の行為を留まらせるのが、折り良く(いや折り悪く)入って来た息子ジョンウからの着信。
ムンジョンは自分と息子の将来を考え、老夫婦ファオクの遺体を隠し、事故なんて起きなかったことにしてしまう。


序盤からずっと韓国の貧困層を描く社会派人間ドラマという印象だった映画『ビニールハウス』は、老婦人ファオクの事故死を境に方向性を変え、犯罪サスペンスの色を増していく。


一つ嘘をついてしまったがために、二つ、三つと嘘を重ね、気が付いた時には取り返しのつかない状況に陥っていたというのはよく有る話で、主人公のムンジョンがまさにそれ。

まず、老婦人ファオクを存命であるかのように工作するため、自分自身の認知症の母を連れて来て、代役に立てたムンジョン。
「認知症の高齢女性同士ならスリ替えても分からないなんて、そんな杜撰な手口、通じるわけないでしょ…」と呆れますよね?
いえ、大丈夫なのです。
だって、ファオクの夫テガンは視力を失っているのだから。
家の中で感じる人の気配を、勝手に妻のファオクだと思い込む。

長年連れ添ってきた夫婦なので、盲目でも手で触れたらさすがに見ず知らずの老女と気付きそうなもの。
でも、これも大丈夫。
実は夫テガンも、友人である医師ウ・ヒソクから、初期の認知症が始まっていると告げられ、気に病んでいる。
だから、手で触れた老女を他人だと感じても「妻さえ分からなくなるなんて、認知症が進行してしまっている…」とむしろ自分の判断力の低下を危惧するのだ。


参考作品(?)

Greenhouse 비닐하우스

タイトルにもなっているビニールハウスは、主人公 ムンジョンの現在の住まい。


Greenhouse 비닐하우스

で、日本での映画のキャッチフレーズは「半地下はまだマシ」である。


Greenhouse 비닐하우스

“半地下”とは、『パラサイト 半地下の家族』(2019年)に出てくるような半地下の住居。
あの映画で多くの日本人は、韓国では充分な収入の無い人々は家賃の安い半地下の家に暮らしているのだと知った。


Greenhouse 비닐하우스

その後、『高速道路家族』(2022年)なる韓国映画も。
やはり貧しい一家のお話で、半地下の家さえ無いホームレス。
高速道路沿いのサービスエリアに暮らしているから『高速道路家族』なのだが、正確には、サービスエリアの空きスペースにテントを張って寝起きしている。


ビニールハウスも一種のテント、大きなテントみたいな物と想像していた私。
実際に映画を観たら、内部にベッドや箪笥などの設えもあり、“簡易住宅”という印象であった。



キャスト:主人公

Greenhouse 비닐하우스

金瑞亨(キム・ソヒョン):李文靜(イ・ムンジョン)

ビニールハウスに暮らし、訪問介護の仕事をしている中年女性。
息子のジョンウが少年院から出てきた暁に、一緒に暮らせる家を物色中。



Greenhouse 비닐하우스

扮する金瑞亨は1973年 江原道江陵市出身。
1994年、韓国の公共放送局KSBによる第16期 公開採用選抜に選ばれデビュー。
近年は、あの『冬ソナ』のぺ様が設立した芸能事務所 키이스트 KEYEASTに所属しているんですね。


私にとっての金瑞亨は、日本でもよく観られている韓国ドラマで脇役をやっている俳優という程度の認識で、良くも悪くも印象が薄かった。
この『ビニールハウス』を観る上では、それも良かったのかも。

心身ともに疲労し、辛い事があっても吐き出さず内にぐっと飲み込む、孤独で控えめな女性という印象の『ビニールハウス』の中のムンジョンは、私が漠然と“冷めたクールビューティ”と捉えていた金瑞亨本人と差があった。

それでいてムンジョンは大胆な犯行を企てたり、あんなに大変な時期でも男と逢い引きしたり。
亡くなったファオクの身代わりに、自分の母親を引っ張り出すのも如何なものか。
広く清潔な家で美味しい物を食べられるのだから良いではないかと実母には言うけれど、自分が窮地から逃れるために実母を利用するというかなり利己的な行為。

全体的な印象は“悪”というより“善”ではあっても、一言で“こういう女性”と括れない役で、それを見事に演じている金瑞亨は面白い俳優だと思いました。


キャスト:その他のキャスト

特に印象に残ったその他のキャストも挙げておく。

Greenhouse 비닐하우스

楊在成(ヤン・ジェソン):テガン

ムンジョンが介護に訪れている家の夫で、視力はすでに無し。
妻のファオクは認知症で、自分自身も友人である医師のウ・ヒソクから初期の認知症だと告げられる。


Greenhouse 비닐하우스

安逍遙(アン・ソヨ):スンナム

ムンジョンが通うグループセラピーに来ている女の子。
母に捨てられ、祖母と生活していたが、その祖母も亡くなり施設に入っていたところ引き取ってくれた小説家と暮らす。
その小説家は“怒ると怖いけれど天使のような人”。





認知症を患う老婦人のファオクからどんなに罵られても、その夫のテガンが理解し心遣いをしてくれることは、ムンジョンにとって救いになったに違いない。
映画『ビニールハウス』においてテガンは数少ない善良な紳士
…と私は思っていた。

ところが、李率熙監督のインタヴュを見たら、そのテガンについて「自分のためだけに生きている人」「死を覚悟する過程で妻をスケープゴートに」と否定的とも取れる解釈をしているではないか。
えぇーっ…!?
言われてみれば確かにそうも取れる、私の読みは浅かったと納得いたしました。


スンナム役の安逍遙は、目元の雰囲気とかが中国の周冬雨(チョウ・ドンユィ)っぽいですね。
グループセラピーの指導者に“スンナム”を“ムンナム”と間違われたことに固執するくだりが特に印象に残った。







なるべく情報を入れずに鑑賞したお陰で、何倍も楽しめた。
「半地下はまだマシ」という宣伝文句からも、本作品『ビニールハウス』は家を持てない社会の底辺に生きる女性の悲哀を描いた映画なのだろうと漠然と想像していた私。
なので、中盤からの犯罪サスペンス的展開には、良い意味で予想を裏切られ、一体主人公 ムンジョンは自分のやっている事にどう落とし前を付けるのか先がとても気になった。


『ビニールハウス』の何が素晴らしいって、やはり脚本ではないだろうか。
遺体を隠したことで泥沼化していく犯罪劇ならあまり新鮮ではない。
でも、そこに貧困層や高齢者といった社会問題を絡め、しかも高齢で視力を失っているとか、認知症初期症状で自分の記憶や判断に自信を無くしているといった実際に有りがちな状況を上手いこと活かした展開にして、物語を面白くしているんですよね。
かなり悲惨な話だが、小難しい社会派作品ではなく、娯楽性も感じた。


認知症の老人のスリ替えに関しては、林真理子原作のNHKドラマ『我らがパラダイス』をちょっと重ねた。
そのドラマだと舞台は介護付き高級老人ホーム。
職員が、裕福な入居老人を、安い老人ホームにいる自分の親と替えてしまうというお話。
なぜそんな事が可能かというと、家族が面会に来ないから。
“身内に見えていない”という点は両作品に共通。


息子のジョンウが隠れていることに気付かず、ムンジョンがビニールハウスに火をつけるというラストはどう受け止めるべきなのでしょう…。
ムンジョンが行ってきた一連の犯罪は、全て息子のジョンウのため、ジョンウと暮らすためであり、老婦人ファオクの遺体を遺棄しているビニールハウスごと焼き尽くせば、忌々しい過去と決別し、人生の新たな一歩を踏み出せるはずだったのに。
生きる動機付けだった息子を自ら葬ってしまうとは、簡単に“因果応報”とは割り切れない惨劇。


李率熙監督は、ぎりぎり20代でこの長編デビュー作を撮っているんですよね。
素晴らしいですわ。
次回作も観てみたいと思う監督さんになりました。



余談になりますが、私はこの映画のタイトルをどういうわけか『ビニールハウスの女』だと思い込んでいたようで、映画館でチケット買う際も多分「『ビニールハウスの女』一枚」と言ってしまった気が…。
映画館スタッフは「『ビニールハウスの女』ではなく『ビニールハウス』を一枚ですね」などといちいち指摘せず、サラーッと流して下さいましたが、心の中ではきっと「このおばさん『ビニールハウスの女』って言ったわ」と思いましたよね?
まぁ、今さら別に良いけれど。

2024 三月大歌舞伎(夜の部)

2024 三月大歌舞伎


思い掛けず『三月大歌舞伎』へ。
今回は、友人Mが某所で招待券を2枚入手して下さったため、ご相伴にあずかりました。
ありがたや、ありがたや。


演目

我々が行ったのは、2024年3月20日(水曜/祝日)の夜の部
演目は以下の通り。

通し狂言『伊勢音頭恋寝刃』序幕 二幕目
1h.42min.

通し狂言『伊勢音頭恋寝刃』大詰
1h.33min.

六歌仙容彩『喜撰』
31min.


35分と20分、2回の幕間を含めると、開演から終演まで約4時間半
歌舞伎の観劇は長丁場。



歌舞伎座

2024 三月大歌舞伎

東銀座の歌舞伎座なんて超久し振り。


2024 三月大歌舞伎

“夜の部”とは言っても開演は午後4時15分なので、まだ肌寒くてもすでに早春の今の時期だと、お昼間のこの明るさ。
この近辺はぼちぼち通りがかるので目に慣れた建物ではあるのだけれど、この日は特別で、これからここで観劇するのだと思うと気分が上がる。


2024 三月大歌舞伎

座席は2階の1列目、花道のちょうど真上辺り。
自分でチケットを購入する場合、これまで大抵1階席を選んでいたが、全体を見渡せる2階席も良いとこの度思いました。


観劇前にはイヤホンガイドもレンタル。
せっかくなので、やはり物語をきちんと理解したいし。
途中語られる豆知識のような情報も好き。

レンタル料は8百円也
最近はデポジットを取らなくなったのですね。


以下、各々の演目について。


通し狂言『伊勢音頭恋寝刃』

2024 三月大歌舞伎:伊勢音頭恋寝刃


伊勢神宮の御師 福岡貢は、御家横領の画策に巻き込まれたかつての主筋 今田万次郎が紛失した名刀 青江下坂とその折紙の詮議に奔走。
貢と万次郎は思い掛けず二見ヶ浦で万次郎を陥れようとする悪の一味の密書を入手。

そんな中、貢の養子先である御師 福岡孫太夫の屋敷では、正直正太夫が太々講(だいだいこう)の奉納金100両を盗んだ罪を貢になすりつけようと画策。
しかし、貢の探し求める青江下坂を持参した叔母のおみねがやって来たことで正太夫の計略が暴かれると、刀を受け取った貢は深い仲の遊女 お紺と共に、古市の遊廓 油屋にいる万次郎のもとへ急ぐが…。



江戸時代に実際に起きた事件を題材にした物語。
もう少し具体的には、寛政8年(1796年)5月、伊勢古市(現:三重県伊勢市)の遊郭の茶屋 油屋で、馴染みの遊女が他の客の座敷に移ったことに腹を立てた地元の医師 孫福斎が起こした殺傷事件。
死者3人、負傷者6人を出した事件だったという。

主人公は、孫福斎から“福岡貢”へ。
職業も、医師から伊勢神宮の参詣者の世話をする御師に。
そこにさらに名刀 青江下坂折紙を巡る騒動を絡め、物語を膨らませている。

万次郎が名刀 青江下坂と折紙を紛失するという物語の発端『相の山』から『宿屋』『追駈け』『地蔵前』『二見ヶ浦』『太々講』『油屋』『奥庭』と、歌舞伎座で通しで上演されるのは、昭和37年(1962年)以来なんと62年ぶりなのだと!


配役は以下の通り。

松本幸四郎 :福岡貢
尾上菊之助 :今田万次郎
片岡愛之助 :料理人 喜助
坂東彦三郎  :正直正太夫
中村歌昇  :奴林平
坂東新悟  :油屋お岸
大谷廣太郎 :杉山大蔵
中村吉之丞 :桑原丈四郎
中村橘太郎 :猿田彦太夫
松本錦吾  :銅脈の金兵衛
中村亀鶴   :徳島岩次(実は藍玉屋北六)
片岡市蔵  :藍玉屋北六(実は徳島岩次)
市川高麗蔵 :叔母おみね
坂東彌十郎 :油屋お鹿
中村又五郎 :藤浪左膳
中村雀右衛門:油屋お紺
中村魁春  :仲居万野


松本幸四郎って歌舞伎の舞台で見ると本当に昔の色男なんですよね。
尾上菊之助も、ガツガツしていない若様の雰囲気にぴったり。


江戸時代に実際に起きたというその事件は、現代でも女性が接客する夜のお店でいかにも起こっていそうな事件と見受ける。
「なんで〇〇ちゃんがあっちにいるんだよ。俺のテーブルに呼べ!」…みたいな。
2百年以上ずっと有り続けるその手のいざこざに、バラバラになってしまった名刀と折紙を両方手に入れようとする者たちの駆け引きを絡ませ、より豊かなエンターテインメントになっている。


予想していた以上にユーモラスなシーンも多い。
特に、お鹿が登場する油屋のシーンは可笑しくて可笑しくて。

2024 三月大歌舞伎:伊勢音頭恋寝刃

あの坂東彌十郎がまさかの遊女ですよ。
好きになってしまった男のために金を工面するけな気で可愛い遊女。


六歌仙容彩『喜撰』

2024 三月大歌舞伎:喜撰


舞台は桜の花が咲き乱れる京の東山。
そこにやって来たのはほろ酔い気分の喜撰法師。
高僧と名高い喜撰法師だが、通り掛かった祇園の茶汲み女 お梶の美しさに心を奪われてしまう。
早速口説くもあっさりフラレてしまうと、弟子の所化たちと賑やかに踊り、庵に帰っていく。




天保2年(1831年)に初演された六歌仙を題材にした『六歌仙容彩』の一場がこれ。

 六歌仙 
<古今和歌集>の代表的な6人の歌人。
具体的には、僧正遍昭在原業平文屋康秀喜撰法師小野小町大伴黒主を指す。


で、ここで取り上げているのはその内の一人 喜撰法師(?-?)。
平安時代の歌人だが、江戸に置き換え、茶汲み女との色事を舞踊で表現。


配役は以下の通り。

尾上松緑  :喜撰法師
中村梅枝  :祇園のお梶
河原崎権十郎:所化
中村松江  :所化
坂東彦三郎 :所化
坂東亀蔵  :所化
中村萬太郎 :所化
中村種之助 :所化
中村鷹之資 :所化
中村玉太郎 :所化
尾上左近  :所化
坂東亀三郎 :所化
尾上眞秀  :所化
小川大晴  :所化
中村吉之丞 :所化



満開の桜を背景に、舞台上にずらりと並んだ長唄と清元の掛け合いに乗って軽妙に演じられる舞踊の演目


2024 三月大歌舞伎:喜撰

主人公の喜撰法師を演じるのは尾上松緑
イヤホンガイドによると、喜撰は立派な僧と言い伝えられているそうだが、この演目では、酒の入った瓢箪がぶら下がる桜の枝を担いだ生臭坊主。

中村梅枝演じるお梶は、そんな人間臭い喜撰が惹かれるだけあり艶やかでございます。


所化はずらーっと大勢登場するのだが、中でも3人の小坊主が可愛らしい。

2024 三月大歌舞伎:喜撰

左から、小川大晴坂東亀三郎尾上眞秀

小川大晴は2015年生まれ、お梶役の中村梅枝のご子息。
坂東亀三郎は2013年生まれ、同じく所化として出演している坂東彦三郎のご子息。
尾上眞秀は2012年生まれ、寺島しのぶのご子息として有名で、3人の中で最もメディアに登場していますよね。

この子たちも20年後、30年後には、歌舞伎座の舞台の真ん中で演じる花形役者になっているのだろうか。
歌舞伎にはそういう“成長を見守る推し活”のような文化も昔から有ると感じる。






若い頃は結構な頻度で歌舞伎を観に行っていたのに、近年はすっかり御無沙汰。
取り分け古典歌舞伎は超、超、超久し振りだったのだけれど、本当に感激いたしました。

考えてみたら歌舞伎って贅沢なエンターテインメントですよね。
生演奏付きで、徹底的に修練を積んだ役者たちが目の前で芸を披露してくれるのだから。
どういう分野でも、元々素人芸にはあまり興味が無いので、こういうプロの世界にはとても惹かれる。
また、歌舞伎ならではの様式美にも魅了され、タメ息が漏れること度々。

特に『伊勢音頭恋寝刃』は、単純に物語も面白かった。
名刀と折紙を巡るドタバタ犯罪サスペンス有り、痴情のもつれ有りで。
そして、彌十郎が可愛くて最高。


シネマ歌舞伎が好きな友人がいるのだけれど、私は舞台は絶対にナマ派ですね。
どんなに映像技術が進歩しても、その場に身を置いていないと体感できない物がある。
今回久し振りにその感覚を味わってしまったので、また歌舞伎に行きたくなった。
そして、その機会を与えてくれた友人Mには、重ね重ね感謝でございます。


◆◇◆ 三月大歌舞伎 ◆◇◆

会場:歌舞伎座

期間:2024年3月3日(日曜)~3月26日(火曜)


大陸ドラマ『闖関東(ちんかんとう)~闖關東』

闖關東


1904年、大飢饉に見舞われる山東。
章丘 朱家峪の朱家では、4年も家長不在の中、長男の傳文が幼馴染みの譚鮮兒を嫁に迎えるため、仲間を引き連れ譚家へ向かうが、その道中、匪賊に遭遇し、結納代わりの大切な粟一石を奪われてしまう。
事情を知った傳文の母 文他娘は、慣例を破り自ら譚家へ出向き、謝罪しこの借りは倍にして返すと申し出るが、「よりによって今日盗まれたなんて出来過ぎた話で誠意がない。鮮兒は嫁に出さん!」と鮮兒の父 譚永慶は憤慨。
それでも鮮兒をもらうまでは梃子でも動かぬつもりの文他娘に、譚永慶は、彼女の夫 朱開山は官府に捕まりすでに処刑され、その首は城門に吊るされ、見た者もいると明かす。

長男の結婚はご破算、夫は打ち首、匪賊の横行、災害、旱魃…。
先が見えず、絶望に打ちひしがれる文他娘。

そんな時、夫の弟 春山が突然ひっそり帰郷。
春山の話によると、庚子の年、開山は扶清滅洋を掲げ義和団を率い京城で外国人を掃討したものの、朝廷が裏切り義和団に刃を向けたことで、多くの仲間が殺害。
ところが、開山は運よく逃れ、関東へ落ち延びたというのだ。
春山が預かってきた開山からの手紙には「関東で身を立てた。そっちは災害で餓死者も多いと聞く。く。息子たちを連れこっちへ来い。」

夫は生きていた!
関東は見渡す限りの大平原、どこもかしこも黒く肥沃な土、春に轅を植えれば秋には馬車だって実るというではないか。
早速文他娘は3人の息子を連れ、住み慣れた朱家峪をあとにする。

ようやく龍口港へ着くも、そこには出航を待ちわびる人の山。
しばらくして、今年最後の船が出るという知らせ。
それに乗船できない場合は陸路となるが、渤海湾に沿って険しい道を半年から一年も進み続けなければならず、食糧も必要。
山海関の辺りには、関東に辿り着けなかった山東人の墓が幾つも有るという。

朱家の母と息子たち3人は、運よく船に乗り込むことに成功するが…。




 みるアジアにて、大陸ドラマ『闖関東(ちんかんとう)~闖關東』全57話を鑑賞。


興味はあったけれど、古いドラマなので、近年の物を優先して視聴しがちな私は、もう一生観ることはないと薄っすら思っていた。
そうしたら、今になって日本でみるアジアが配信を始めたのだ。
これは全く予想していなかった作品選択。
「えー、そこ来るのぉ~?!」とびっくり。

もしかして、これ、数年前に『遥かなる北の大地へ』という邦題で、中国テレビ★大富チャンネル(当時:CCTV 大富)が放送しました?
みるアジアと大富に何らかの連携があることは薄っすら感じてはいるのですが。

裏にどういう経緯があったのかは知らないけれど、とにかくこういう意外性は有り難い。
これも御縁と観始めたら、漠然と想像していた物とは少し違ったのだが、とても面白くて、私にしては速いペースで完走。


当ブログからの盗用を見る度にイヤな気持ちになります。きちんとリンクをお願いいたします。)

概要

山東電影電視劇製作中心制作のドラマ。

『闖關東中篇』(2009年)、『闖關東前傳』(2013年)と続く“『闖關東』三部曲”の第一弾。


脚本は、高滿堂(ガオ・マンタン)孫建業(スン・ジエンイエ)
このご両人による同名小説も2009年に出ているが、その時期から考えると、小説のドラマ化ではなく、いわゆるノベライズか。
(でも、ドラマの内容をそのまま文字に起こした小説ではなく、どうやら内容に相違があるみたい。)

高滿堂は、制作陣営の異なるドラマ“『闖關東』三部曲”全てで脚本を担当。
時期を前後して小説版“『闖關東』三部曲”も出版されている。


総監督は、張新建(ジャン・シンジェン)
監督はその下に、孔笙(コン・ション)王濱(ワン・ビン)が名を連ねる。


撮影は、2006年8月から2007年1月にかけ148日間。

出来上がったドラマは、2008年1月に初放送され、大ヒットを記録。

第24回 中國電視金鷹獎では、最佳長篇電視連續劇(最優秀長編連続ドラマ賞)、最佳編劇(最優秀脚本賞)、最佳攝像(最優秀撮影賞)、最佳照明(最優秀照明賞)といった主要部門を押さえ、2008年度最多受賞作品となった。


山影

闖關東


制作した山東電影電視劇製作中心について少し触れておく。


山東電影電視劇製作中心、略称“山影”は、1986年創業の制作会社。
元を辿れば、1978年 山東廣播電視台が撮ったドラマ『人民的委託』
1980年には山東廣播電視藝術團として創設。
それら山東廣播電視台と山東廣播電視藝術團が一緒になったのが山東電影電視劇製作中心である。
1976年まで文化大革命があって、改革開放が始まったのが1978年だと考えると、この分野では充分老舗でありましょう。

2008年には、山東廣播電視台との出資で山東影視集團と改称。
さらに、2012年には山東影視傳媒集團 Shandong Film and TV Groupという大型エンターテインメントグループ企業に。


闖關東

張新建 Zhang Xinjian

『闖關東』でメガホンをとった張新建(ジャン・シンジェン)は1954年生まれ、中央戲劇學院 導演系(監督科)を卒業した1981年に後の山影に配属された監督さん。


闖關東

『闖關東』で総監督 張新建の下で監督をしている孔笙(コン・ション)と言えば、現在はプロデューサー侯鴻亮(ホウ・ホンリャン)が率いる東陽正午陽光のベテラン監督という印象で、手掛けた『琅琊榜(ろうやぼう)麒麟の才子、風雲起こす~瑯琊榜』は日本にもファンが多い。


そもそも正午陽光は、当初、2011年に孔笙監督がポスプロ作業をする便宜上設立された会社。
侯鴻亮Pも山影に籍を置いたまま、正午陽光は山影に従属する形で共同で作品を制作。
もっと簡単に言うと、正午陽光は山影出身者による制作会社ということ。


なので、『闖關東』の裏方さんをチェックすると、監督の孔笙、プロデューサーの一人として侯鴻亮がクレジットされているのに留まらず、現在正午陽光作品を手掛けるスタッフが大勢名を連ねている。


闖關東

目立つところでは撮影に、孔笙監督と共に『琅琊榜』を手掛けた李雪(リー・シュエ)監督と、『山海情 明日に咲く希望の種~山海情』や『開端~Reset』の孫墨龍(スン・モーロン)監督。


闖關東

また、執行監督には王永泉(ワン・ヨンチュエン)、助監督の一人には簡川訸(ジエン・チュアンホー)の名が見られる。

このお二方は俳優とし出演も。

闖關東

王永泉は戲班を率いる団長 王老永、簡川訸は主人公の家の小作人 の役で出演。


闖關東

王永泉は『琅琊榜』の時、裏方と兼任で“夏江”という非常に重要な悪役を演じ話題になったが、表裏兼任は当時からもう慣れたものだったのですね。


闖關東

私の勘違いでなければ、『闖關東』第30話のエキストラ程度の役も王永泉ではないかと。
(「えっ、ここにも団長?」と思ったら、団長ではない名も無き役で王永泉の使い回し。)

簡川訸は後に『それでも、家族 All is Well~都挺好』という正午陽光の大ヒット作を撮る監督さんだが、元は演技を学んだ舞台俳優で、裏方への転機になったのがこの『闖關東』。


そもそもの“闖關東”

そもそも、タイトルの『闖関東(ちんかんとう)』とは?
(“とんちんかん”とか“あんぽんたん”の類いではございません。)


“関東(かんとう)”は、東京周辺を指す日本の関東ではない。
歴史小説などに出てきて、日本人でもよく聞くのは“関中(かんちゅう)”ですよね。
関中は、四関の内側ということ。
“四関”は、秦代、都を守った四大要塞で、東の函谷関(かんこくかん)、西の大散関(だいさんかん)、南の武関(ぶかん)、北の蕭関(しょうかん)を指す。

関東は元々函谷関以東の地域のことであったが、時代と共に変化し、明代以降は都 北京を防御する山海関以東の地域を指すように。
山海関の所在地は河北省秦皇島。
そこより東側というのは、現在の中国東北部にあたる。

大日本帝国陸軍の部隊“関東軍”も、中国東北部≒滿洲に駐屯する部隊だからそう呼ばれたのであり、日本の関東から派遣された部隊という意味ではない。
(実は昔私自身がそう勘違いしていた。)


闖關東


 闖関東(ちんかんとう)“闖關東 Chuăng Guāndōng”は、直訳するなら、関東へ突き進むこと、関東へ進出すること。
清代から民国期にかけ、華北地区の人々が関東へ大移動した現象を意味。


この民族大移動に関しては、ドラマの中でも2度ほど説明がある。
それらを総合すると具体的には以下のような流れ。


清代、滿洲人にとって“龍興之地”とされていた関東。
龍脈を乱すとして、乾隆年間に正式に封禁政策を実施し、関内の人間が関外へ出ることを禁止。
ところが、清朝の百万の兵馬が関内に移ったことで関外が手薄になり、その隙にロシアが黑龍江東部を占領。

清 咸豐10年(1860年)、黑龍江將軍 特普欽(1801-1887)が朝廷に呼蘭蒙古爾山地区(現:黑龍江省哈爾濱市木蘭)の開放を要請したことで開放策が進み、清 光緒年間には封禁が完全に解除。

清 光緒13年(1907年)には東三省總督(奉天、吉林、黑龍江)を設置。
直隸(現:河北)や山東などの漢人の農民らが、広大な土地がある関東を目指し、荒れ地を開墾し住み着くように。



清代、関東へ移り住んだ山東人は700万から800万人。
当時の東北の人口の半分近くにも上る。
中華人民共和国成立前の移民3500万人の内、山東人は2000万人。
“闖關東”は中国史上多大な影響をもたらした文化現象であり、世界においても他に例を見ない移民の歴史なのだと。


物語

清朝末期に、山東の章丘 朱家峪から元寶鎮 放牛溝、齊齊哈爾(チチハル)、哈爾濱(ハルビン)と新天地を求め生き抜く朱家の“闖関東”の物語


時代設定:1904年(清 光緒30年)から1931年(民国20年)までの約27年


物語の幕開けは清朝末期
政変、外敵、干ばつと、様々な不安定要素が重なる時代の変革期。
人は現状に満足なら、わざわざ故郷を捨てて見知らぬ土地を目指さない。
物語の核となる朱家も、山東で満足に食べられずにいた時、義和団で4年も音信不通になっていた家長 朱開山から「元寶鎮で身を立てたから来い」と知らせが届き、女房の文他娘が子供たちを連れ故郷を去る。

お引越しすればそれでもう安定するかというと、そうはいかない。
不案内な場所で無から身を起こすのも、他人様の土地に余所者が入って行くのも大変なのです。
稼がなければ生活できないし、成功すれば妬まれ妨害される。
さらに、予想だにしない災いや理不尽にも見舞われ、命さえ危険にさらされる。


元々は農家だった朱家は、菜館(料理屋)問屋、そして炭鉱主にまでなるのだが、その道のりは波乱に満ち、常に“一難去ってまた一難”。


闖關東

それでも、夫婦+息子3人だった朱家に嫁や養子、子が増え、命が受け継がれていく朱家の家族史とも言える。


史実

『闖關東』はフィクションのドラマだが、その背景には史実あり。
あの時代の中国、特に東北は、日本もがっつり絡んでいるので、我々日本人でも知る歴史的事件をドラマの中に見ることができる。
以下、幾つかをピックアップ。


日露戦争
1904年(清 光緒30年/明治37年)2月~1905年(清 光緒31年/明治38年)

朝鮮半島と中国東北三省(滿洲)の支配権を巡る、ロシアと日本の間で起きた戦争。
主戦場は、滿洲南部の遼東半島や奉天、朝鮮半島周辺海域。

ドラマ『闖關東』の中に日露戦争の戦闘シーンは無いが、「日本とロシアはなぜわざわざ清で戦争を」「八カ国連合軍によって北京が落ち(1900年)、朝廷はすっかり震え上がり、土地や賠償の条約を結び、それが不公平と不満なら戦争も起きる」「旅順では清を守るとロシアが日本を追い出した、日本は悔しがって戦争に」といった台詞があったり、山東 龍口の港を出た船が海上で戦乱に巻き込まれそうになるシーンがある。


張作霖爆殺事件~皇姑屯事件
1928年(民国17年/昭和3年)6月4日

奉天派軍閥の首領 張作霖(1875-1928)が乗る列車が奉天近郊 皇姑屯駅以東の三孔橋で日本の関東軍により爆破され重体となり、帥府に運ばれるが間も無く死亡したという暗殺事件。

張作霖の急死で、その支配地域を継いだのは、息子の張學良(1901-2001)。
ドラマでは、父の死を知らされた張學良は急遽奉天に戻ることを、朱家の次男で軍人になった傳武に告げると同時に、死を公表する前に東北軍の人事を動かす必要があると打ち明け、彼を哈爾濱駐屯軍 歩兵第18旅団 第76団団長に任命する。


この暗殺事件に絡み、もう一つ重要な史実が“東北易幟/易幟(えきし)”
父の跡を継いだ張學良が、北洋政府の五色旗から国民政府の青天白日滿地紅旗に旗を換えたこと。
つまり、張學良による蔣介石(1887-1975)率いる国民政府への支持表明で、これにより形式的とはいえ中国は国民政府が統一。
張學良が敵対的な態度をとるようになり、東北部で日本の力が弱まってしまったのも、後の満州事変の背景にあった一因と言われるが、ドラマ『闖關東』では易幟に関しては具体的には触れていない。


中村大尉事件~中村事件
1931年(民国20年/昭和6年)6月27日

陸軍参謀本部の大尉 中村震太郎(1897-1931)が農業技師と身分を詐称し黑龍江 興安嶺附近を視察中に東北軍の關玉衡(1898-1965)らに拘束され、銃殺された事件。
この事件が報道されると、日本の世論は沸き、弱腰の外交姿勢に避難の声も高まり、日中関係は益々悪化し、満州事変へ繋がっていく。

ドラマ『闖關東』では、「張學良(1901-2001)はこの事件に関しても強硬派だが、南京(国民政府)が日本側に屈し、中村震太郎大尉を銃殺した者を処罰。一方日本側は朝鮮の2個師団を圖們江に寄せ、大連の司令部も奉天に移し、どんどん戦争に向っている」と説明される。


満州事変~九一八事變
1931年(民国20年/昭和6年)9月18日~1932年(民国21年/昭和7年)2月18日

9月18日、関東軍が瀋陽郊外の柳条湖で南満洲鉄道の線路を爆破し、中国のせいにするという自作自演の柳条湖事件に端を発し、東北全土を占領した戦争。

中国では、柳条湖事件が起きた9月18日にちなみ“九一八事變”と呼ばれる満州事変。
9月18日は相当な屈辱の日なのであろう。
ドラマ『闖關東』では、腹黒い日本人 森田大介が、日本が滿洲占領に向け東北軍本営に総攻撃を開始したという吉報を電話で受けた後、「今日は何日だ?1931年9月18日か。この日は忘れない。」と憎々し気にわざわざ日にちを口にしている。


ドラマで触れるその後の戦いは、1931年(民国20年)11月4日から11月19日の黑龍江戰役(江橋阻擊戰+三間房阻擊戰)辺りまでだが、史実ではさらにその後の1932年(民国21年/昭和7年)3月1日、滿洲國の建国が宣言され、あの“ラストエンペラー”愛新覺羅溥儀(1906-1967)が国家元首に即位する。





あと、一日本人としては、日本人が中国人と開発権を争う炭鉱のエピソードも気になる。
ドラマに出てくるまんまの“甲子溝煤礦(甲子溝炭鉱)”というのは存在しないみたい。
東北地方に数ある炭鉱を総合したイメージという感じか。

滿洲國建国後の1934年には“満炭”こと滿洲炭礦株式会社(滿洲炭鉱株式会社)が設立され、満洲(東北)の炭鉱は基本的に日本の管理下になるので、日本が大量に資源を奪ったとか強制労働とか“万人坑”とか、日本人は耳を塞ぎたくなるエピソードは残念ながら実際に腐るほど有るようですね。



参考作品

ドラマ『闖關東』は、朱家という架空の家族の家族史であると同時に、朱家を通して描く“闖關東”した山東人たちの物語であり、そういう山東人たちによって形成された東北の郷土史でもあり。


闖關東

『闖關東』は三部作の一つなので、もっと広く歴史を知りたかったら、第2弾の『闖關東中篇』、第3弾の『闖關東前傳』を観れば良いのかも知れない。

第1弾『闖關東』

時代:1904年~1931年
満州事変までの時代を背景に描く朱開山一家の物語


第2弾『闖關東中篇』

時代:1931年~1949年
中華人民共和国成立までの時代を背景に描く宋家の4人の姉弟の物語


第3弾『闖關東前傳』

時代:1880年~1911年
辛亥革命初期の清朝最末期を背景に描く管家3兄妹の物語


第3弾は時代が清に遡るので、言わば『闖關東 エピソードゼロ』という感じだろうか。
3作品全て観ると、1880年から1941年の約60年が押さえられるようだ。

但し、3作品は脚本が高滿堂(ガオ・マンタン)という共通点があっても制作会社が異なるので、“シリーズ”と括るより、それぞれが独立した作品と考えて良さそう。
それに、現地中国で本当にヒットした話題作は一作目のこの『闖關東』だと感じるので、他はどうなのでしょうね??


人世間

『人世間~A Lifelong Journey』

“闖關東”した山東人のさらに“その後”を描く物語東北の郷土史で、近年爆発的ヒットをしたドラマなら、やはり『人世間』ではないかと。

作品の核となる周家の大黒柱は、原作者 梁曉聲(りょう ぎょうせい/リャン・シャオション)の実父が重なる人物で、子供の頃“闖關東”してきた山東出身の元農民。
描かれている時代は、文化大革命の最中の1969年から2014年辺りまでの半世紀近く

ドラマ『闖關東』の頃の東北は、軍事的な要所で、広大な土地や資源があるため、良くも悪くも人々が寄って来る地域である。
それから38年後の『人世間』の頃になると貧しく寂れて、人々が去って行く地域になっているのです…。

『人世間』はキャストも一部『闖關東』とかぶっているし、両方観ると、東北百年の流れを体験できる。
(途中、30年以上抜けてしまうが。)





キャスト:不死身の英雄

闖關東

李幼斌(リー・ヨウビン):朱開山

朱家の家長。
妻との間に傳文傳武傳傑という3人の息子。

清朝末期、義和団で香堂を開き外国人を成敗。
朝廷から追われ、関東へ逃げ、その地に家族を呼び寄せる。
4年ぶりにようやく一家が揃うも、義兄弟 賀老四が行方知れずと知ると、彼が消息を絶った金鉱へ。
そこは官府や匪賊が入り乱れて取り仕切り、一度足を踏み入れたら出られない監獄の如し。
危険を承知で金鉱労働者となり、厳重な監視下で重労働に堪えながら様子を探り、遂には復讐を果たし、こっそり金(きん)まで持ち帰る。

その金を元手に、元寶鎮 放牛溝で山東煙草を栽培する農家に。
農家と言っても水飲み百姓ではなく、立派な住居と小作人を抱える“豪農”

様々な事情でその地にいられなくなると、齊齊哈爾(チチハル)を経て哈爾濱(ハルビン)に流れ着き、料理屋 “山東菜館”問屋を経営。

自分の留守中に三男 傳傑が勝手に店を抵当に甲子溝炭鉱の開発に乗り出したことを知ると激怒するが、その炭鉱を日本人が狙っていると聞き考え一変、傳傑と協力し、権利獲得に積極的に動く。


朱開山はドラマ『闖關東』の主人公。
若い頃の義和団からシニアで炭鉱主になるまで一貫して愛国の英雄
しかも、生命力あふれ、運と頭脳と腕っぷしでどんな困難にも打ち勝つ不死身の英雄である。
(これホント、「今度こそ駄目かも…」と度々ハラハラさせられるが絶対に死なない。)





闖關東

李幼斌は1958年 吉林省長春出身。
両親とも工場労働者という家庭で、4人兄弟の上から2番目、姉の李野萍(リー・イエピン)も俳優。
まだ5歳の1963年、映画出演の機会を得るが、諸々の事情で公開されず。
さらに中国は文化大革命に突き進むので、子役の道は断たれたが、すでに芽生えていた演技への興味は消えず、1974年 16歳の時、長春話劇院に採用され、舞台俳優として本格的に芸能の道へ。
下っ端から始め、約十年の努力の甲斐あり、主役を演じられるまでになるが、そこで満足せず、さらに演技に磨きをかけるため上海戲劇學院に求学。

その後は映像作品への出演も多数。
でも、海外ウケしないような硬い作品が多いから日本での李幼斌の知名度はいまいちなんですよね。
近年はwebドラマにも出演しているので、これから日本でももっと知られていくのかも知れませんが。


そのような李幼斌だが、今からほんの数ヶ月前の2023年12月、なんと訃報が。
微博では李幼斌の画像と共に「『闖關東』の朱開山は本当に素晴らしかった」「『闖關東』大好きでした、安らかに」と『闖關東』と絡め別れを惜しむ人が大勢いたので、私は李幼斌の代表作は紛れもなくあの大ヒットドラマ『闖關東』なのだと感じたし、李幼斌扮する『闖關東』の朱開山を見てみたいとも思った。

そうしたら、間も無くして、お亡くなりになったのは、同姓同名の京劇俳優兼監督だったと判明。
こちらの李幼斌より20歳年上の1938年生まれで、享年86歳。
ですよね、こちらの李幼斌は現在60代だから、俳優としてまだまだ活躍できるお年。

訃報はご本人にとっては迷惑な誤解だったでしょうけれど、その陰で私は中国で多くの人々が絶賛する朱開山というドラマの人物に注目。
この度実際に見て、あの絶賛に納得。


闖關東

いやぁ、かっこいいですね~。
線が細く小綺麗な最近の若い男優にはない骨太なオヤジの魅力にやられましたわ。
特にドラマ序盤、金鉱で半ば強制的に働かされている時のマタギ風の朱開山があまりにも良かったので、散髪して清潔な服を着た普通の生活者になったら魅力が失せるかと思ったが、それはそれで良かった。

朱開山は家族の中で誰も頭が上がらない家長、封建時代の強い父親の象徴のような人物像でもあるけれど、理不尽に威張っているという印象はあまり無く、言動が理にかなっているし、状況を読んで最適な選択をとる頭の良さがある。
しかも、ただの合理的な人間ではなく、情もあり。
たとえ相手が間違っていても、人との和を重んじ、自分の方が折れるあの寛容さは見習いたい。(まぁ、私には無理ですが。)


朱開山に李幼斌はぴったりの配役!
なのに、孔笙監督がビビッと来て出演オファーした当初、すでにアラフィフだった李幼斌は氷点下での野外の撮影に我が身を案じ、お断りしたらしい。
(『闖關東』での“漢!”なイメージとは違い、意外とヤワ…?)
が、脚本を読んだ妻の(当時は恋人関係か?)史蘭芽(シー・ランヤー)が、まるで李幼斌のためにあつらえた役だと感じ、この仕事を受けるよう強く勧めたことで、出演に至ったのだとか。


キャスト:愛情深き母

闖關東

薩日娜(サリナ):文他娘

朱開山の妻で、傳文傳武傳傑の母。

鉄砲玉のような夫 朱開山が義和団で4年も音信不通の中、3人の息子を女手一つで育て、夫の消息が分かると、息子たちを従え未知の土地への危険な旅路につく肝っ玉母さん。


“他娘”は、母さん、女房、お前さんみたいな感じ。
つまり、名も無き女性なのだが、ドラマの中での役割りは大きい。





闖關東

薩日娜は1968年 內蒙古(内モンゴル)包頭生まれ、上海戲劇學院卒の蒙古族の俳優。


闖關東

『闖關東』の撮影時期を考えると、37歳でクランクインし38歳でクランクアップしているんですよね。
信じられない…、“中国の京塚昌子”的なお母ちゃん感を30代にして醸すとは。
あの包み込むような母性は、通常最低でも半世紀は生きないと滲み出ないという気が。

実子のみならず、敵国日本の子供 一郎にも注ぐ無償の愛。
自分も貧しいのに残留孤児を育てた実際の東北の女性たちを重ね、ジーンと来た。

但し、長男の嫁 那文には厳しい。
嫁たちの中で私が自分を一番重ね易いのが那文だったので、この母親が那文にお小言をいう度に「もう少し気を遣っていただけないでしょうか…」と愚痴りたくなりました。


闖關東

ちなみに薩日娜は、東北を舞台にした近年の大ヒットドラマ『人世間』でも、物語の中心となる一家で3人の子を持つ母親役。
『闖關東』の文他娘ともキャラ設定が重なる優しく懐の深い母親である。



キャスト:朱家 三兄弟

闖關東

劉向京(リウ・シャンジン):朱傳文

朱家の長男。

幼馴染みの鮮兒と結婚するはずが、離れ離れに。
消息不明の鮮兒を諦められずにいたが、気が進まないまま紹介された異民族の滿族である那文に会ったところ、物知りで垢抜けた彼女に惹かれ結婚。

家業の農業では小作人たちの扱いに苦労をし、哈爾濱に越すと山東菜館の切り盛りを任される。
料理も得意で、“朱記醬牛肉”“魯味活鳳凰”“滿漢呈祥”といった人気メニューを生み出すが、自分より大きな仕事している弟たちに引け目を感じ、その劣等感や虚栄心を日本の森田大介に利用されてしまう。


劉向京は1974年 陝西省西安出身、解放軍藝術學院卒の俳優。


闖關東

朱亞文(ジュウ・ヤーウェン):朱傳武

朱家の次男。

兄の許嫁だった鮮兒に惹かれるが、義姉になるはずだった彼女との結婚を親が認めず、駆け落ち。
筏流しで稼ぎ、野馬灣で二人静かに暮らそうと誓った矢先、散兵の襲撃に遭い河で遭難。
兵に助けられ、そのまま入隊。
能力を買われ郭松齡(1883-1925)の部下になるが、郭松齡が張作霖(1875-1928)への不満から兵変を発動したことで傳武も捕らえられ、処刑を覚悟したところ、なぜか奉天へ連れて行かれ、「郭松齡から評判を聞いていた」という張學良(1901-2001)から護衛副官に任命。
以降、張學良のもと軍人として出世していく。


朱亞文は1984 江蘇省鹽城出身、北京電影學院卒の俳優。


闖關東

齊奎(チー・クイ):朱傳傑

朱家の三男。

子供の頃から生真面目で、闖關東の船で出逢った春和盛の夏元璋に人柄と商才を認められ、一人娘 玉書の婿として跡を継ぐべく商売を叩き込まれる。
夏元璋の死後は実家の親と共に哈爾濱へ移り住み、問屋を任される。
ある日、いつものように荷駄隊を率いていたところ、甲子溝で石炭層を発見。
親友の潘紹景と、これからの時代に相応しいビッグな新ビジネスを展開しようと、哈爾濱の山東派、熱河派、両派の商人に出資を呼び掛け、“山河煤礦(山河炭鉱)”を創設。
急いで採掘権を得る必要性から山東菜館を抵当に入れたことが父親にバレ、一度は父子関係にヒビが入るが、日本という最大の敵を前に、共に戦うことになる。


齊奎は1981年 黑龍江省佳木斯(ジャムス)出身、北京電影學院卒の俳優。





闖關東

3兄弟の内、長男と次男は一貫して同じ俳優が演じ、末っ子だけ序盤は王博(ワン・ボー)という子役が演じている。
この王博くんは、どうやらもう俳優業はしていない様子。
現在は30歳前後でしょうか。


大人の俳優は3人とも現在それぞれに活躍。
中でもその後一番出世したのは、次男 傳武役の朱亞文でありましょう。
でも、当初高滿堂は傳武に凌瀟肅(リン・シャオスー)を想定して脚本を書いており、朱亞文は三男の傳傑役で起用。
ところが凌瀟肅はスケジュールの都合で出演ならず。
短髪にしている朱亞文の以前の写真を見た張新建監督が、その精悍な雰囲気が傳武に相応しいと感じ、急遽役を変えたのだと。
『闖關東』は朱亞文の出世作になったが、もし凌瀟肅が出演していたら、2008年に朱亞文はスターダムにのし上がることはなく、今の彼は無かったのかも知れないと考えると、ラッキーな代役でしたね。


人気の傳武がどのような感じなのかという興味も、私が『闖關東』を観てみたかった一因。

闖關東

…と言うのも、2018年 第31回 東京国際映画祭で主演映画『詩人~The Poet』の上演のために朱亞文が共演の宋佳(ソン・ジア)と来日した際、「ドラマで共演して以来十数年来の友人で、妻以外で一番よく知る女優」と発言したら、私の近くにいた中国人の女の子二人組が小声で興奮気味に「『闖關東』!」と言って涙ぐんでいたのです。
(その女の子たちは20代の留学生といった雰囲気。私は『闖關東』はNHKの朝ドラや大河のような感じで中高年が観るドラマだと思っていたので、少々意外でありました。)

私自身は若くて威勢のいい男の子に興味が無いので、実際に『闖關東』を観て、朱亞文扮する傳武に夢中になることはなかったけれど、2008年当時の中国ならこの傳武役で朱亞文がブレイクを果たしたのは何か分かる気がする。


3兄弟の中で敢えて誰か一人選ぶとするならば、私は齊奎扮する三男 傳傑かしら。
(「長男はイヤ、次男もねぇ…」という消去法による消極的選択ですが。)

齊奎は『開封府 北宋を包む青い天~開封府傳奇』の時は、台湾を拠点に近年は監督もしている日本人 北村豊晴と見紛ったが、この『闖關東』だと若い頃の中野英雄っぽい。
(今では息子の仲野太賀の方が有名なあの中野英雄。)


キャスト:嫁のはずが義俠

闖關東

宋佳(ソン・ジア):譚鮮兒

譚永慶の娘。

結婚するはずだった幼馴染みの傳文と闖關東の道中、病で瀕死の彼を救うため、張金貴のまだ幼い息子と結婚。
張金貴の画策で傳文と生き別れ、なんとか張家からは脱走したものの、若い女性一人では生きる術も無く、王老永率いる戲班に入り、“小秋雁”という芸名で旅芸人に。
ところが、歌が上手く可愛かったのが災い。
彼女に目を付けた悪徳興行主 陳五爺から拷問を受ける師匠の王老永を救うため、止む無く手籠めにされ、途方に暮れていた時、皇族の那文に拾われ、王府の侍女になるが、清朝が崩壊すると“秋鵑”という偽名を使い没落した那文と元寶鎮を目指し、そこで思い掛けず朱家の人々と再会。

傳武と恋に落ちるが、本来なら義弟になるはずだった彼との結婚は周囲が認めず、二人で駆け落ち。
ようやく落ち着いた生活ができると思った矢先、傳武が散兵の襲撃に遭い河底に。
遺体も見付からぬ彼の墓を建て、途方に暮れ辿り着いた街の妓楼で偶然にも紅頭巾と再会し、彼女の馴染みの気前のいい商人 震三江に見初められる。

実は二龍山を拠点にする盗賊の頭だった震三江だが、弱きを助け強きを挫く義賊。
鮮兒は人柄を気に入られ、彼の妹分で二龍山の副頭 “三江紅”となる。


闖關東

娘時代から跳ねっ返りではあったけれど、それでも普通にお嫁さんになるはずだった女の子が、時代の荒波に晒されて、旅芸人だの王府の侍女だのを経て、行き着いたところがまさかの山賊(!)
『闖關東』主要登場人物の中で最も波乱に富んだ経歴。





闖關東

宋佳は1980年 黑龍江省哈爾濱出身、上海戲劇學院卒。
映画『好奇心は猫を殺す』(2006年)で頭角を現した宋佳の人気を決定的にしたのは、やはりこの『闖關東』ではないだろうか。

恋仲になる義弟 朱傳文より実際にも年上で、撮影当時27歳くらいのはず。
さっぱりした大人っぽい顔立ちだが、ふとした瞬間に見せる表情はまだ初々しく、可愛らしい。


闖關東

東北出身の宋佳は、それから14年後の『人世間』でもメインキャスト。
“周蓉”というドラマの中心家族 周家の娘。
恋に落ちた詩人を追って家を飛び出す跳ねっ返りという点は、『闖關東』の鮮兒と似ている。
宋佳は可愛い系というより“クールビューティー”なので、自我がしっかりした女性を演じる機会が多いかも。


闖關東

『闖關東』では義理の母の薩日娜は、『人世間』だと実の母として共演。



キャスト:朱家の嫁たち

闖關東

牛莉(ニュウ・リー):那文

清朝皇族 那王爺の娘、朱家の長男 傳文の妻。

清の崩壊が迫る中、妹同然の侍女 鮮兒と共に北京を発ち、叔父の關德貞を頼り元寶鎮に。
ところが叔父も没落しており、生きるために結婚を勧められ、異民族の農民 朱傳文とお見合いしたところ意気投合。
彼が鮮兒の許婚だったと知ると、あまりの偶然にショックを受けるが、鮮兒が傳文と話しを付け出て行ったことで丸く収まる。

家事、ましてや農作業はまるで出来ないが、教養はあるため、農閑期に“清風書館”を開き、村の子供たちに勉強を教えたり、幼い頃から王府で仕込んだ麻雀の腕で朱家のピンチを救うことも。


牛莉は1973年 北京出身。
元々はアスリートで、アーティスティックスイミング(シンクロナイズドスイミング)、射撃でそれぞれ優秀な成績を収め、射撃隊解散後、芸能に進路を切り替え解放軍藝術學院に進学。


闖關東

黃小蕾(ホアン・シャオレイ):夏玉書

春和盛を経営する富商 夏元璋の娘、朱家の三男 傳傑の妻。

子供の頃から利発で、春和盛で働く控えめな朱傳傑をからかっていたが、共に成長し気心も知れ、父が亡くなる直前に結婚の誓いを立て、父を安心させ旅立たせる。
朱家の嫁として哈爾濱へ行くと、教師に。


黃小蕾は1981年 重慶生まれ、四川省成都育ち、北京電影學院卒。
四川省舞蹈學校卒業後、四川省歌舞劇院に配属され、踊りで順調にキャリアを積んでいたが、1999年 北京電影學院に進学。


闖關東

梁林琳(リャン・リンリン):韓秀兒

地元の有力者 韓老海の愛娘、朱家の次男 傳武の妻。

韓家と親戚になることは朱家にとって得が多いのは事実だが、朱家夫妻、取り分け文他娘は、素直で優しい性格の秀兒を可愛がり、彼女が一途にずーっと大好きな次男坊 傳武に嫁ぐことを歓迎。
ところが、当の傳武の心の中にいるのは鮮兒ただ一人。
お式の翌朝、傳武が強引に鮮兒を連れて消えたことで、「信頼を裏切り娘を疵物にされた!」と韓老海は激怒し、あの手この手で朱家を攻撃。

実は疵物にすらなっていないまま置き去りにされ、一時心を病むが、形ばかりの妻となり長い年月が過ぎ去ったある日、かつて命を救った日本人少年 一郎と再会。
大人になった一郎にどんどん惹かれていくのだが、実態が無いとはいえ一応既婚の身であることが想いに歯止めをかける。


梁林琳は1982年 遼寧省撫順出身、中央戲劇學院卒。
近年出演作の公開が無いことや、微博のアカウントが非公開になっていることなどから、芸能界を引退したという情報もあるが、ご本人の弁ではないので真相は不明。
(家庭の事情や健康面の問題、やりたい作品に出会えない、出演したけれど公開されない等々、表舞台に出ない理由は完全な引退以外にも色々有り得るし。)






闖關東

朱家の3人の息子はいずれも逆玉の輿で、朱家より家柄が格上のお嬢さんを娶っている。
3人の嫁の中で最も格差が甚だしいのは、長男 傳文に嫁いだ清の没落皇族 那文

でも、これ、「清朝の格格がろくに学校も出ていない農民に嫁ぐなんて、さすがはドラマならではのトンデモ設定!」などとは言えない。
私は那文のこの結婚エピソードで、“東洋のマタ・ハリ”と呼ばれた女スパイ 川島芳子/愛新覺羅·顯玗(1907-1948)の同腹の妹、“金默玉”こと愛新覺羅·顯琦(1918-2014)の人生を思い出した。


闖關東

時期はドラマよりもっと後年の文革後だが、愛新覺羅·顯玗は自著<清朝の王女に生まれて~日中のはざまで>の中で、農場での労働に心身ともに疲れ果て、静かに暮らせる家欲しさにいっそ結婚したいと願い、紹介された無学で文無しで“田舎じじい”という印象の実直だけが取り柄の男(!)に嫁いだと綴っている。
(「結婚したいただ一つの目的は家が欲しいから」と正直に打ち明けたところ、そんな事を気にも掛けず「老いてから互いに助け合える相手が欲しいだけ」という答えに彼を見直し、「この素朴さで、もう全ては我慢できる」と瞬間的に結婚を決意したという。)


程度の差はあれ、愛新覺羅·顯玗に限らず、生きるために格差を受け入れ結婚という選択をした格格は実際にきっと結構いたと思うのです。
ドラマ『闖關東』の那文のお相手は、豪農のまだ若い長男だから、かなりラッキーな方ではないかと。




三男 傳傑の妻 夏玉書役の黃小蕾は、『人世間』でも主要キャスト。

闖關東

『人世間』では“喬春燕”という女性で、主演の雷佳音(レイ・ジャーイン)の幼馴染み。
そんなわけで、雷佳音の母 薩日娜とは義理の母娘の契りを結んでいる。
『闖關東』の玉書とは全然違い、もうね、話が進むほどにどんどん鬱陶しくなっていく面倒な女。
その代わり、『闖關東』の玉書よりずっと存在感がある。


キャスト:朱家の“四男”

闖關東

靳東(ジン・ドン):亀田一郎

故郷は日本の福岡。
子供の頃、中国で重い疫病にかかり、南滿洲鉄道の日本人たちに殺されそうになっていたところを秀兒に救出される。
秀兒文他娘が感染も恐れず看病してくれたお陰で回復し、そのまま朱家の四男として育てられるが、しばらくして日本の実の両親が現れ、“亀田一郎”という素性も判り、引き取られていく。

その後、実の両親は亡くなるが、大人になり天津で貿易会社 東勝商社を起業。
支社を設立するため哈爾濱へやって来て、たまたま山東菜館を見掛け、山東の味懐かしさに入店し、秀兒と再会。


その頃一郎はすでに30歳間近なので、子供の頃とは見た目がすっかり変わっているのだが、何かを感じ取った秀兒は客である彼に名前を尋ねるのです。
一郎は「姓は“桂”と申します」と偽の中国名で返答。
この“桂 Guì”は、発音が似ている本名の亀田の“亀 Guī”から考えたのであろう。
秀兒はこの客がかつて可愛がった一郎だと気付くのだ。


秀兒が一郎に気付いたもう一つの要因は、彼が注文した山東のお袋の味 “打滷麵”

闖關東

“滷”汁とはあんかけのことで、それを掛けた麺料理が“打滷麵”
中国北部で広く食べられている麺料理で、具材や汁の多い少ない等レシピにはかなり差があり、どれが正解とは言えないみたい。
(南部の台湾へ旅行した時に食べたという人も多いでしょうけれど、牛肉麵や小籠包などと同じで外省人が大陸からもたらした食べ物なので、台湾での歴史は実は浅い。)





闖關東

一郎役は、最初、劉肇燁(リウ・ジャオイエ)という子役が演じ、後々39話の再登場で靳東にチェンジ。


闖關東

靳東は1976年 山東省濟寧出身、1999年に入学した中央戲劇學院 表演系 音樂劇班(ミュージカル班)卒。


一応、靳東初登場の台詞は「お早うございます」という日本語だが、あとは中国語
…日本人設定の人々との会話も全部中国語。
たどたどしい日本語で喋られると気になってしまうので、いっそ開き直って中国語で喋っていてくれた方が有り難い。
それに、一郎は中国育ちなので、中国語の方が流暢でも設定上問題ないし。


そもそもなぜ靳東が一郎役に起用されたのかは不明だが、もしかして挨拶程度のごくごく簡単な日本語はできる可能性あり。
と言うのも、靳東が中央戲劇學院でミュージカルを専攻していた当時、中国はまだミュージカル創成期だったこともあり、提携のあった日本の劇団四季に大学2年生の時から毎年研修に送られていたらしい。

『闖關東』より少し前には、日本の前田知恵と共演の恋物語、映画『北京の恋~四郎探母』(2004年)でも主演しているし、当時の靳東は日本と薄っすら御縁があったんですよね。

『闖關東』撮影の頃は、恐らく役と同じ30歳くらいであろう。
後々、この『闖關東』とスタッフが被る『偽装者(ぎそうしゃ)~偽裝者 The Disguiser』『琅琊榜』に出演すると、若いイケメンを意味する“小鮮肉”とは対照的な“老幹部”の代表格として人気になるけれど、『闖關東』の頃だとほっそりしていて若々しいですね。
髪型は変だけれど、お顔は綺麗。
『闖關東』と前後して出演した台湾偶像劇『Silence~深情密碼』でも、当時トップアイドルだった主演の周渝民(ヴィック・チョウ)よりむしろ見栄えが良かった。
今では考えられませんわ、靳東が脇役でちゃちぃ台湾偶像劇に出演するなんて…。


ドラマの中の日本

歴史的背景からも『闖關東』に日本は欠かせない要素なので、特にドラマ後半は、一郎に限らず、作中様々な形で“日本”を見ることになる。
近年の映画やドラマでは有り得ない、かなり雑な“なんちゃってJAPAN”である。
それを許せないとお怒りになる日本人視聴者もきっといらっしゃるのではないかと想像するが、私自身はむしろ楽しめた(…しかも、かなり)。


まずは和服
自分は選ばれし天照大神の子と、日本人である誇りに目覚めてしまった一郎は、愛する秀兒にも日本らしさを求め、森田大介から贈られた着物を着るよう強いる。

闖關東

慣れない着物を嫌がる秀兒に「これは上流階級が使う布で作った着物だ」
???

『闖關東』では衣装デザインを鍾佳妮(ジョン・ジアニー)、スタイリングを陳敏正(チェン・ミンジョン)というベテランが担当。
陳敏正は、2008年 現地中国で『闖關東』が放送された数ヶ月後に、張藝謀(チャン・イーモウ)監督が手掛け、世界を驚愕させた圧巻の北京オリンピック開幕式で素晴らしいスタイリングを披露しているんですよね。
弘法も筆の誤り…?





フジヤマゲイシャの登場はかつての海外作品にありがちですよね。
『闖關東』では、森田大介に招かれた宴で初めて日本の芸妓を目にした朱傳文が「このくねくねした踊りは何ですか?」
すると、森田大介はこう答えるのです、

闖關東

「日本で最高の芸術だ」


闖關東

異議なし。ほんと、最高。
気分が塞ぐ辛い時代の物語で、心が和むお笑いポイントを作ってくれて有り難う。





フジヤマゲイシャよりもっとずっと謎だったのは、日本に伝わる昔ばなし

その名は、桃太郎ならぬ“胡瓜(キュウリ)太郎”!!


一郎が語って聞かせる<胡瓜太郎>の物語はざっと以下の通り。

 胡瓜(キュウリ)太郎 
その昔、物乞いをして生きていた太郎という貧しい少年がおりました。
ある日、太郎が空腹のあまり倒れると、川から胡瓜が流れて来ました。
しめた!と思う太郎であったが、脳裏にふと浮かんだのは、家で腹を空かせている親兄弟。
太郎は胡瓜を手に帰宅の途に。
しばらくして家族が太郎を見付けます。
手に胡瓜を握る太郎はすでに息絶えており、遠くでは雷鳴が轟いたとさ…。


作中、<胡瓜太郎>は感動のシーンで語られる。
私はこのお話のオチも教訓もいまいち理解できなかったのだが、どうやら日本人はこの昔ばかしから、受けた恩は忘れてはならないという教えを学ぶらしい。


もしかして私が知らないだけで、戦前の日本では本当に<胡瓜太郎>という物語が語り継がれていたのでしょうか?
どなたかご存知の方、いらっしゃいます…??


闖關東

もっとずーっと後年の1990年代から2000年代にかけても、中国では胡瓜(キュウリ)ならぬ西瓜(スイカ)をモチーフにした『西瓜太郎』という謎のアニメが大ヒットしたんですよね。
それを日本のアニメだと信じていた中国人は少なからずおり、私が日本人だと知ると「へぇー、日本人なの?日本のアニメ『西瓜太郎』大好き!」とお褒めの言葉を頂いくこともあった。
たとえ日本製ではなくても日中友好に一役買っていた謎のアニメ『西瓜太郎』…。


テーマ曲

ドラマのオープニングはインストゥルメンタル曲。
エンディングは、劉歡(リュウ・ホァン)宋祖英(ソン・ツーイン)のデュエット曲<家園>


エンディングの<家園>が素晴らしい。
歌っているのはベテランの中国トップシンガーお二方。
2008年、現地中国で『闖關東』が初放送された数ヶ月後の北京オリンピックにて、劉歡は開会式でサラ・ブライトマンと、宋祖英は閉会式でプラシド・ドミンゴとそれぞれお歌を披露している。

<家園>は心地よいメロディに、ラップ、そして民族音楽の融合。
有りそうで他には無い中国ならではのエキゾティックな曲。
下手なりに味のある歌手も確かにいるけれど、こういう卓越した歌唱力のプロの歌はやはり良いですね。

一度聴いたら耳にこびり付く独特な曲で、スコーンと突き抜ける清々しさも魅力。
私は『闖關東』のエンディングを飛ばすことなく計57回聴きましたよ。
ここにも貼りたかったのだけれど、このブログに対応しているYoutubeだと公式な動画が見当たらない…。
(その内見付けたら貼ります。)







冒頭に記したように、予想していた感じとは少々違った。
恐らく私は、『白鹿原(はくろくげん)~白鹿原』ほどではないにしても、もう少し重厚感のある作風を漠然と予想していたのだ。
でも、これ、徹底的にエンターテインメントですね。


映像も脚本も洗練された近年のドラマと比べると、『闖關東』は見た目に野暮ったく、脚本もアラとスキだらけ。
三途の川を渡りかけている重病人がしれーっと治癒していたり、妊娠の兆しが無いままいつの間にか子供が生まれていたりと、不可解とツッコミ所を挙げたらきりがない。
当然、昨今ありがちな思わせぶりな“考察”なんて皆無なんですよね。
まどころしさが無い代わりにやや軽いのは事実だが、単純で粗削りなのがむしろ魅力になる直球のエンターテインメントという印象。
敢えて日本のドラマにたとえるなら、NHK大河と言うよりは、『おしん』の頃の朝ドラ的かも。


粗削りだからと言って、稚拙でペラッペラな内容で、B級感むんむんのチープなドラマというネガティヴな印象は受けなかった。
(そこそこの制作費と人気アイドルさえ投入しておけばOKという昨今の消費型ラブ史劇や偶像劇の方がむしろそんな感じで視聴者をナメている。)
視聴者を飽きさせることなく全57話をも完走させる中ダルミ知らずの脚本や演出といい、迫真の演技でツッコミ所さえ感動に変える実力派の俳優陣といい、実は優秀なプロ集団が真剣に情熱を注いだかなり高度な作りの娯楽ドラマ

なんだか『趙氏孤児~趙氏孤兒案』を観た時と似たような感覚にも見舞われた。
内容は全く別物の2作品だけれど、両方とも今だからこそ見直してしまう一昔前のドラマの良さがある。
日本に溢れ返る昨今のチャチィ大陸ドラマに辟易しているのは私だけではないはずなので、そういう方々は敢えて今こういう一昔前のドラマをご覧になると新鮮に感じられるのでは。


日本のお仕事に関しては、思い掛けずこの『闖關東』を観るきっかけができただけでも満足しているので、苦情ではないけれど、日中二ヶ国語字幕の選択が無いのは少々残念であった。
人名漢が字表記だったから、まぁ良いけれど、字幕選択の有る/無しが決まる基準は何なのでしょう?

一つ想像したことは、『闖關東』の日本語字幕は最近付けた物ではないということ。
中国語の発音を片仮名で表記する場合、個々の翻訳者の感覚の違いも勿論あるが、もっと一般的なトレンドもある。
例えば、“劉”を“リュウ”、“生”を“シェン”とする『闖關東』の中で見られる表記法の幾つかは、近年あまり見掛けなくなっている物。
『闖關東』の字幕は恐らく大富で放送した数年前に付けた物で、それが日中二ヶ国語字幕を選択できない一因ではないかと推測。

私、日中二ヶ国語字幕を気に入っているんですよねぇ。
『闖關東』に関してはもう良いけれど、今後より多くの作品が字幕選択可能な状態で提供されることを望みます。

(ついでに言っておくと、時代劇で漢字表記の人名に、中国語の発音に準じた片仮名ルビを付けることには大・反・対! これ、『陳情令』がウケて以降増えつつあって最悪。ルビは不要だが、どうしても付けたいのなら、日本語の音読みに準じた平仮名ルビにして。片仮名ルビは、時代の趣きを薄れさせているだけではなく、字幕内の制限文字数を実質大幅に上回らせ、ただただ邪魔でしかない。

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