【2022年/韓国/100min.】
畑の真ん中にぽつんと建つ黒いビニールハウスに一人で暮らす中年女性 ムンジョン。
息子のジョンウは少年院におり、ろくに電話もしてこないが、ムンジョンは親子で住める家を得たくて資金集めのために訪問介護の仕事を続けている。
世話をしているのは失明した夫テガンと認知症を患う妻ファオクという老夫婦。
ファオクからはよく酷い言葉を浴びせられるが、それでも献身的に世話をするムンジョン。
テガンが外出したある日、いつものように入浴をさせていると突然暴れ出したファオク。
水を掛けてきたり殴り掛かってくるファオクに必死に抵抗していたムンジョンだが、 弾みで彼女を突き飛ばしてしまう。
床に倒れたファオクを起こそうとすると、頭から血が流れ、もはや意識は無し。
急いで携帯電話を手に取り、動揺しながらも救急車を呼ぼうとしたその時、少年院のジョンウから着信。
息子との将来を考えたムンジョンは、息絶えたファオクを布団に包んでビニールハウスへ。
そしてファオクの代わりに認知症の実母を連れて来て、盲目のテガンと生活させることにするが…。
存在を知った時から、漠然と自分好みの匂いを感じたので、公開早々に鑑賞。
結果、勘は当たっていた。
概要
原題『비닐하우스 Greenhouse』
韓国の李率熙(イ・ソルヒ)、長編監督デビュー作。
脚本も監督自身で。
脚本も監督自身で。
이솔희 Lee Sol-hui
李率熙は、1994年 韓国ソウル生まれの監督さん。
成均館大學校 성균관대학교でマルチメディア映像学科を卒業後、KAFA 韓国映画アカデミー 한국영화아카데미の監督科進学。
韓国映画アカデミーの卒業制作でもある短編『개미무덤~Anthill』(2021年)が、第26回 釜山国際映画祭 ワイドアングル 韓国短編映画部門に入選。
長編監督デビュー作である本『ビニールハウス』は、第27回 釜山国際映画祭 韓国映画の今日 ヴィジョン部門に選出され、結果、CGV賞、WATCHA賞、オーロラメディア賞の3賞を受賞。
本作品は、ビニールハウスに暮らしながら、少年院にいる息子と住める家に引っ越すという夢に向かい、老夫婦の訪問介護で金を貯めている女性 ムンジョンが、勤め先の老婦人ファオクが事故死し、それを隠したのを境に、負の連鎖を招いていく悲劇を描く犯罪サスペンス。
主人公のイ・ムンジョンは裕福な老夫婦の訪問介護をしている中年女性。
世話をしている老夫婦はというと、夫テガンは視力を失っており、妻ファオクは認知症で、ムンジョンに対する言動が攻撃的。
長編監督デビュー作である本『ビニールハウス』は、第27回 釜山国際映画祭 韓国映画の今日 ヴィジョン部門に選出され、結果、CGV賞、WATCHA賞、オーロラメディア賞の3賞を受賞。
物語
本作品は、ビニールハウスに暮らしながら、少年院にいる息子と住める家に引っ越すという夢に向かい、老夫婦の訪問介護で金を貯めている女性 ムンジョンが、勤め先の老婦人ファオクが事故死し、それを隠したのを境に、負の連鎖を招いていく悲劇を描く犯罪サスペンス。
主人公のイ・ムンジョンは裕福な老夫婦の訪問介護をしている中年女性。
世話をしている老夫婦はというと、夫テガンは視力を失っており、妻ファオクは認知症で、ムンジョンに対する言動が攻撃的。
それでも献身的に介護をしてお金を貯めているのは、少年院にいる一人息子のジョンウと暮らす家が欲しいから。
ある日、毎度のように認知症のファオクがムンジョンに当たり散らし、揉み合いになった結果、倒れ、当たり所が悪く死亡。
ムンジョンに非は無い、これは事故である。
慌てて救急車を呼ぼうとするムンジョンだが、彼女にその当たり前の行為を留まらせるのが、折り良く(いや折り悪く)入って来た息子ジョンウからの着信。
ムンジョンは自分と息子の将来を考え、老夫婦ファオクの遺体を隠し、事故なんて起きなかったことにしてしまう。
序盤からずっと韓国の貧困層を描く社会派人間ドラマという印象だった映画『ビニールハウス』は、老婦人ファオクの事故死を境に方向性を変え、犯罪サスペンスの色を増していく。
一つ嘘をついてしまったがために、二つ、三つと嘘を重ね、気が付いた時には取り返しのつかない状況に陥っていたというのはよく有る話で、主人公のムンジョンがまさにそれ。
まず、老婦人ファオクを存命であるかのように工作するため、自分自身の認知症の母を連れて来て、代役に立てたムンジョン。
「認知症の高齢女性同士ならスリ替えても分からないなんて、そんな杜撰な手口、通じるわけないでしょ…」と呆れますよね?
いえ、大丈夫なのです。
だって、ファオクの夫テガンは視力を失っているのだから。
家の中で感じる人の気配を、勝手に妻のファオクだと思い込む。
長年連れ添ってきた夫婦なので、盲目でも手で触れたらさすがに見ず知らずの老女と気付きそうなもの。
でも、これも大丈夫。
実は夫テガンも、友人である医師ウ・ヒソクから、初期の認知症が始まっていると告げられ、気に病んでいる。
だから、手で触れた老女を他人だと感じても「妻さえ分からなくなるなんて、認知症が進行してしまっている…」とむしろ自分の判断力の低下を危惧するのだ。
いえ、大丈夫なのです。
だって、ファオクの夫テガンは視力を失っているのだから。
家の中で感じる人の気配を、勝手に妻のファオクだと思い込む。
長年連れ添ってきた夫婦なので、盲目でも手で触れたらさすがに見ず知らずの老女と気付きそうなもの。
でも、これも大丈夫。
実は夫テガンも、友人である医師ウ・ヒソクから、初期の認知症が始まっていると告げられ、気に病んでいる。
だから、手で触れた老女を他人だと感じても「妻さえ分からなくなるなんて、認知症が進行してしまっている…」とむしろ自分の判断力の低下を危惧するのだ。
参考作品(?)
タイトルにもなっているビニールハウスは、主人公 ムンジョンの現在の住まい。
で、日本での映画のキャッチフレーズは「半地下はまだマシ」である。
“半地下”とは、『パラサイト 半地下の家族』(2019年)に出てくるような半地下の住居。
あの映画で多くの日本人は、韓国では充分な収入の無い人々は家賃の安い半地下の家に暮らしているのだと知った。
その後、『高速道路家族』(2022年)なる韓国映画も。
あの映画で多くの日本人は、韓国では充分な収入の無い人々は家賃の安い半地下の家に暮らしているのだと知った。
その後、『高速道路家族』(2022年)なる韓国映画も。
やはり貧しい一家のお話で、半地下の家さえ無いホームレス。
高速道路沿いのサービスエリアに暮らしているから『高速道路家族』なのだが、正確には、サービスエリアの空きスペースにテントを張って寝起きしている。
ビニールハウスも一種のテント、大きなテントみたいな物と想像していた私。
実際に映画を観たら、内部にベッドや箪笥などの設えもあり、“簡易住宅”という印象であった。
◆金瑞亨(キム・ソヒョン):李文靜(イ・ムンジョン)高速道路沿いのサービスエリアに暮らしているから『高速道路家族』なのだが、正確には、サービスエリアの空きスペースにテントを張って寝起きしている。
ビニールハウスも一種のテント、大きなテントみたいな物と想像していた私。
実際に映画を観たら、内部にベッドや箪笥などの設えもあり、“簡易住宅”という印象であった。
キャスト:主人公
ビニールハウスに暮らし、訪問介護の仕事をしている中年女性。
息子のジョンウが少年院から出てきた暁に、一緒に暮らせる家を物色中。
扮する金瑞亨は1973年 江原道江陵市出身。
1994年、韓国の公共放送局KSBによる第16期 公開採用選抜に選ばれデビュー。
近年は、あの『冬ソナ』のぺ様が設立した芸能事務所 키이스트 KEYEASTに所属しているんですね。
私にとっての金瑞亨は、日本でもよく観られている韓国ドラマで脇役をやっている俳優という程度の認識で、良くも悪くも印象が薄かった。
この『ビニールハウス』を観る上では、それも良かったのかも。
心身ともに疲労し、辛い事があっても吐き出さず内にぐっと飲み込む、孤独で控えめな女性という印象の『ビニールハウス』の中のムンジョンは、私が漠然と“冷めたクールビューティ”と捉えていた金瑞亨本人と差があった。
それでいてムンジョンは大胆な犯行を企てたり、あんなに大変な時期でも男と逢い引きしたり。
亡くなったファオクの身代わりに、自分の母親を引っ張り出すのも如何なものか。
広く清潔な家で美味しい物を食べられるのだから良いではないかと実母には言うけれど、自分が窮地から逃れるために実母を利用するというかなり利己的な行為。
全体的な印象は“悪”というより“善”ではあっても、一言で“こういう女性”と括れない役で、それを見事に演じている金瑞亨は面白い俳優だと思いました。
キャスト:その他のキャスト
特に印象に残ったその他のキャストも挙げておく。
◆楊在成(ヤン・ジェソン):テガン
ムンジョンが介護に訪れている家の夫で、視力はすでに無し。
妻のファオクは認知症で、自分自身も友人である医師のウ・ヒソクから初期の認知症だと告げられる。
◆安逍遙(アン・ソヨ):スンナム
ムンジョンが通うグループセラピーに来ている女の子。
母に捨てられ、祖母と生活していたが、その祖母も亡くなり施設に入っていたところ引き取ってくれた小説家と暮らす。
その小説家は“怒ると怖いけれど天使のような人”。
認知症を患う老婦人のファオクからどんなに罵られても、その夫のテガンが理解し心遣いをしてくれることは、ムンジョンにとって救いになったに違いない。
映画『ビニールハウス』においてテガンは数少ない善良な紳士。
…と私は思っていた。
ところが、李率熙監督のインタヴュを見たら、そのテガンについて「自分のためだけに生きている人」「死を覚悟する過程で妻をスケープゴートに」と否定的とも取れる解釈をしているではないか。
えぇーっ…!?
言われてみれば確かにそうも取れる、私の読みは浅かったと納得いたしました。
スンナム役の安逍遙は、目元の雰囲気とかが中国の周冬雨(チョウ・ドンユィ)っぽいですね。
グループセラピーの指導者に“スンナム”を“ムンナム”と間違われたことに固執するくだりが特に印象に残った。
なるべく情報を入れずに鑑賞したお陰で、何倍も楽しめた。
「半地下はまだマシ」という宣伝文句からも、本作品『ビニールハウス』は家を持てない社会の底辺に生きる女性の悲哀を描いた映画なのだろうと漠然と想像していた私。
なので、中盤からの犯罪サスペンス的展開には、良い意味で予想を裏切られ、一体主人公 ムンジョンは自分のやっている事にどう落とし前を付けるのか先がとても気になった。
『ビニールハウス』の何が素晴らしいって、やはり脚本ではないだろうか。
遺体を隠したことで泥沼化していく犯罪劇ならあまり新鮮ではない。
でも、そこに貧困層や高齢者といった社会問題を絡め、しかも高齢で視力を失っているとか、認知症初期症状で自分の記憶や判断に自信を無くしているといった実際に有りがちな状況を上手いこと活かした展開にして、物語を面白くしているんですよね。
かなり悲惨な話だが、小難しい社会派作品ではなく、娯楽性も感じた。
認知症の老人のスリ替えに関しては、林真理子原作のNHKドラマ『我らがパラダイス』をちょっと重ねた。
そのドラマだと舞台は介護付き高級老人ホーム。
職員が、裕福な入居老人を、安い老人ホームにいる自分の親と替えてしまうというお話。
なぜそんな事が可能かというと、家族が面会に来ないから。
“身内に見えていない”という点は両作品に共通。
息子のジョンウが隠れていることに気付かず、ムンジョンがビニールハウスに火をつけるというラストはどう受け止めるべきなのでしょう…。
ムンジョンが行ってきた一連の犯罪は、全て息子のジョンウのため、ジョンウと暮らすためであり、老婦人ファオクの遺体を遺棄しているビニールハウスごと焼き尽くせば、忌々しい過去と決別し、人生の新たな一歩を踏み出せるはずだったのに。
生きる動機付けだった息子を自ら葬ってしまうとは、簡単に“因果応報”とは割り切れない惨劇。
李率熙監督は、ぎりぎり20代でこの長編デビュー作を撮っているんですよね。
素晴らしいですわ。
次回作も観てみたいと思う監督さんになりました。
ムンジョンが行ってきた一連の犯罪は、全て息子のジョンウのため、ジョンウと暮らすためであり、老婦人ファオクの遺体を遺棄しているビニールハウスごと焼き尽くせば、忌々しい過去と決別し、人生の新たな一歩を踏み出せるはずだったのに。
生きる動機付けだった息子を自ら葬ってしまうとは、簡単に“因果応報”とは割り切れない惨劇。
李率熙監督は、ぎりぎり20代でこの長編デビュー作を撮っているんですよね。
素晴らしいですわ。
次回作も観てみたいと思う監督さんになりました。
余談になりますが、私はこの映画のタイトルをどういうわけか『ビニールハウスの女』だと思い込んでいたようで、映画館でチケット買う際も多分「『ビニールハウスの女』一枚」と言ってしまった気が…。
映画館スタッフは「『ビニールハウスの女』ではなく『ビニールハウス』を一枚ですね」などといちいち指摘せず、サラーッと流して下さいましたが、心の中ではきっと「このおばさん『ビニールハウスの女』って言ったわ」と思いましたよね?
まぁ、今さら別に良いけれど。