太平輪Ⅰ

【2014年/中国/129min.】
1945年7月、華東。
中国と日本の間で激しい戦闘が繰り広げられている戦場。
日本軍の軍医として台湾から派遣されてきた嚴澤坤は、負傷兵の治療に追われるも、雷義方率いる國民革命軍は攻勢を強め、ついには勝利をおさめる。

1947年初冬の上海。
銀行家の令嬢・周蘊芬は、華やかな宴の席で、抗日戦の英雄・雷義方と出逢う。
親からずっと「軍人は駄目」と言い聞かされてきた周蘊芬であるが、型破りな雷義方に興味をもち、雷義方もまた令嬢らしからぬ豪放な周蘊芬に惹かれ、二人は結婚。

一方、徐々に国共内戦が暗い影を落とし、同じ国民同士が銃を向け合う事に反対する声も上がり、不穏な空気が漂う街中で、兵士の佟大慶は、見ず知らずの女・于真を雇い、一緒に写真館へ。
妻子がいると偽り、家族用の配給券を得るためであった。
佟大慶の軍服の胸に縫い取りされた数字を見て、「この数字で兵隊さんに辿り着けるの?」と尋ねる文字の読めない于真。
「そうだよ、この数字で僕だと分かる、また会おう」そう言って、二人は別れる。
佟大慶は、写真を撮っただけの仮初めの妻・于真が忘れられなくなるが、于真にもまた、ずっと忘れられないでいる楊天虎という負傷兵の存在があった。

戦況は益々悪化。
身重の妻・周蘊芬を案じる雷義方は、彼女をひとまず台湾へ送り出すことを決める。
戦争が終わり、家族でのんびり暮らせる日が早く訪れることを願いながら、周蘊芬は台湾・基隆港へ向かう太平輪に乗りこむが…。


原題は『太平輪~The Crossing』。
『太平輪:亂世浮生』、『太平輪:驚濤摯愛/彼岸』の2部構成。

吳宇森(ジョン・ウー)監督が、『レッドクリフPartⅠ』(2008年)、『レッドクリフPartⅡ』(2009年)に続いて発表した作品。
2008年、王蕙玲(ワン・ホエリン)から聞いた“太平輪沈没事件”の話に心動かされた吳宇森が、その王蕙玲を始め、蘇照彬(スー・チャオピン)、陳靜慧(チェン・ジンフイ)と共に脚本を執筆。

トントン拍子に事は運ばず、吳宇森監督は、2012年に腫瘍摘出手術を受け、療養。
その後、福山雅治出演のアサヒスーパードライのCMで復帰を果たすが、長編作品はこれが本格復帰作。2013年にクランクインしてから、漏れ伝わる情報を追いながら、私はずーっと完成を楽しみにしていた。

が、2014年12月、中国で公開されると、まさかの大コケ。
それでも、あの吳宇森監督作品で、おまけに日本人俳優も出演している本作品なら、日本公開は手堅いと高を括っていたのに、日本上陸のニュースが一向に届かぬまま、あれよあれよと数年が経過。
これの後に撮ったトンデモ映画『マンハント』(2017年)でさえ公開されたのに、闇に葬られた『太平輪』…。どんだけ珍品なのでしょう(笑)。

でも、待ってみるものですね。
半ば諦めかけていたのに、本国から遅れること約4年半、日本でもようやく公開に漕ぎ着けた。
ここまで公開が遅れたのは、やはり現地でコケたことも影響しているのだろうか。
公開規模は小さく、まずは『PartⅠ』、一週間後に『PartⅡ』とズラして公開。
短期間の限定的上映なので、逃さぬよう、早速『PartⅠ』の方を観てきた。





まずは、映画の題材となった、“太平輪沈没事故”について。

1949年(民國38年)1月27日、上海から台湾・基隆へ向け、無灯で夜間航行中の旅客船・太平輪が、舟山群島海域(浙江省東海の水域)の白節山附近で、貨物船・建元輪と衝突し、約45分後の1月28日0時30分に沈没した海難事件。
当時、太平輪に乗っていたのは、約千人。(内訳は、乗船券所有の正規乗客508人、船員124人、乗船券を持たない非正規の乗客約300人。)
先に沈没した建元輪側は、船上にいた72人が溺死、3人が取り敢えず太平輪に救出されるも、その太平輪も沈み、船上の932人が死亡。
28日早朝、附近を航行中のオーストラリア軍艦が35人を救助、また、舟山群島の漁師によって救出された者も居るが、記録が残されていないため、正確な人数は不明で、この事故の生存者は約50人と言われている。





現実に起きたこのように大規模海難事件を扱っているため、映画は制作発表当初から、よく“中国版『タイタニック』”と紹介されていた。

しかし、取り敢えず観た『PartⅠ』に限って言えば、全然『タイタニック』ではない。
一応『PartⅠ』にもすでに旅客船・太平輪は登場するのだけれど、ほんのちょっとだけ。
船上で繰り広げられるシーンはほとんど皆無で、船の印象はあまり残らない。

前編『PartⅠ』の幕開けは、1945年7月の華東、抗日戦の戦場。
翌月には日本の敗戦が決まるというその時期、当時まだ“中華民國”だった大陸の國民革命軍将軍・雷義方と、日本統治下で“日本人”として動員された台湾の軍医・嚴澤坤が、同じ戦場にいるシーンで、物語は幕を開ける。

間も無くしてその戦争は終わるが、今度は国共内戦が勃発。
抗日戦で手柄を立てた将軍・雷義方も、当然また指揮を執ることになるも、戦況は不利。
国共内戦の3ツの大規模な戦闘“三大會戰/三大戰役”の内の一つで、1949年1月、國民革命軍の惨敗で終わった淮海會戰で、幕を下ろす。

つまり、『PartⅠ』は、戦争で始まり、また別の戦争で終わる。
だからと言って、“戦争映画”とも違い、あの動乱の時代に生きた3組6人の男女の愛と生き様を描く、壮大な歴史人間ドラマという印象。
『PartⅠ』に、旅客船・太平輪がほとんど登場しないからかも知れないけれど、太平輪は船そのものではなく、激動の時代の荒波の中、中国大陸、台湾、そして日本を結ぶ、何か抽象的な存在に感じられた。




3組6人の男女を、演じる俳優とともにチェック。

太平輪Ⅰ
一組め。
國民革命軍の将軍・雷義方に黃曉明(ホアン・シャオミン)、彼の妻になる上海の令嬢・周蘊芬に宋慧喬(ソン・ヘギョ)

雷義方は、“雷瘋子(イカレ雷)”の異名を持つ、命知らずの将軍で、片足を負傷しながらも抗日戦で大手柄を立てた英雄。
周蘊芬もまた跳ねっ返りな令嬢で、親から「軍人は駄目」と言い聞かされていたにもかかわらず、雷義方に惹かれて結婚するも、案の定、国共内戦で、夫婦の穏やかな日々は続かず。
雷義方は、妊娠中の周蘊芬の身を案じ、彼女を台湾へ送り、自分は一人大陸に残り、参戦。


太平輪Ⅰ
二組め。
雷義方の部下で、通信兵の佟大慶に佟大為(トン・ダーウェイ)、ひょんな事から佟大慶と知り合う、下層の女性・于真に章子怡(チャン・ツィイー)

佟大慶は、雷義方と違い、一兵卒。
家族用の配給券欲しさに、“なんちゃって家族写真”を撮るため、妻役を依頼したのが于真で、この撮影用のニセ妻であるはずの彼女が、次第に佟大慶の心の支えになっていく。
当の于真は、佟大慶の想いなど知らず、かつて戦場で看護師として世話をした負傷兵・楊天虎のことが忘れられず、彼の行方を捜しながら、日々を必死に生きている。


太平輪Ⅰ
三組め。
日本統治下の台湾で軍医となった嚴澤坤に金城武、その嚴澤坤が、学生時代に想い合った日本人の女性・志村雅子に長澤まさみ

嚴澤坤は、日本の台湾統治時代、日本人として日本軍と共に大陸の戦地へ派遣された台湾の医師。
戦争が終わり、奉天で捕虜になった後、台湾へ戻り、実家の診療所で働き始めるが、かつて想い合った日本人女性・志村雅子はすでに台湾にはおらず、行方知れずに。





私が、本作品を観たいと欲した大きな理由の一つは、勿論金城武である。
日本統治下の台湾で生まれ育った台湾人・嚴澤坤は、どんなに成績優秀でも、一番は日本人にもっていかれてしまったり、かと言って、日本人として戦争に駆り出されたり…。
都合よく日本人にされたり台湾人にされたり、アイデンティティの揺らぎを内に秘め、多くを語らない嚴澤坤は、金城クン自身にも重なる。
また、中・台・日、3ツの言語を話す嚴澤坤からは、当時の台湾が置かれた状況が感じ取れるし、これもまた金城クン自身に重なる。
(当時の台湾では、まだ中国語は一般的ではないが、嚴澤坤は、戦後奉天で2年捕虜になっていたり、大陸へ薬の買い付けに行くため、喋れるという設定。)
金城武には、こういう寡黙でちょっぴり切ない役がとても合う。40年代のレトロな医師の雰囲気も良し。

ただね、回想シーンで、学ラン着て学生を演じるのは、さすがにもう無理があるかも(笑)。
しかも、現代のと違って、ふっくらした形の昔の制帽が、どうしても気になってしまう。

太平輪Ⅰ

だってさぁ、『男一匹ガキ大将』みたいなんだもん。
(私が物心ついた頃には、こういう制帽はもう見掛けなくなっていた。制帽にも歴史あり。)
この映画の金城武は、やはり学生ではなく、ドクター嚴澤坤を演じている時が断然素敵。


しかし、本作品で、私がエコ贔屓する金城武以上にカッコイイのは、実は黃曉明である。
この物語はフィクションであるが、吳宇森監督は、将軍・雷義方には実在のモデルがいると語っており、配役された黃曉明も、演じるにあたり、資料を読んだと話している。

その雷義方のモデルとは、こちら(↓)

太平輪Ⅰ

國民革命軍の大物将軍・張靈甫(1903-1947)。
抗日戦争時、片足を負傷しながらも、大勝利をおさめた抗日英雄だが、国共内戦では、1947年、孟良崮戰(孟良崮の戦い)で、同じ國民革命軍の他の師団の助けを得られず、苦境に追い込まれ、張靈甫率いる第74師は全滅。張靈甫自身もそこで戦死。享年43歳。

張靈甫が実在の人物なら、妻も勿論実在で、こちらは王玉齡(1928-)という。
張靈甫は生涯で4度結婚しており(…!)、42歳の時に再婚した当時17歳の4番目の妻が王玉齡。

太平輪Ⅰ

映画の中の結婚写真も、実際の物に似せていることが分かる。特にお嫁さんが手にしているブーケとか。

出産と台湾へ渡るタイミングは、映画と実際の話で少々異なる。
実際の王玉齡は1947年初頭に大陸で長男を出産。しかし、間も無くして、夫・張靈甫が孟良崮の戦いで戦死してしまったため、1948年末、19歳で未亡人になった彼女は、乳飲み子と母親を連れ、台湾へ渡っている。
さらに補足しておくと、その後、王玉齡は、母と子を残してアメリカへ渡り、ニューヨーク大学で学び、何度か転職した後、最終的にアメリカン航空で定年まで働き、祖国へ戻り、一度も再婚することなく、90歳を超えた今でも、健在だという(!)。ひえぇ~。
映画の周蘊芬を、型破りな跳ねっ返りお嬢様という設定にしたのも、分かる。


張靈甫をモデルにした雷義方に、黃曉明をキャスティングしたのも、分かる気がする。
だって、実際の張靈甫も、写真を見ると、銀幕スタアっぽい雰囲気ではないか。

黃曉明扮する雷義方は、部下や妻想いで、男気があって、とにもかくにもカッコイイ!
ドラマ『琅琊榜(ろうやぼう)<弐> 風雲来る長林軍~琅琊榜之風起長林』で演じた蕭平章とも重なる。あの知的で義理堅い蕭平章を、さらに熱くした感じ。
そう、吳宇森監督の“The 男のロマン!”は、とくにかくクサく、暑苦しいほど熱いのだ。
そして、この映画を観ると、黃曉明が、吳宇森監督のその“The 男のロマン!”を表現できる俳優であることがよく分かるのよ。


女性では、章子怡がズバ抜けて良い。
吳宇森監督は、章子怡がHIVに感染した寒村の女性を演じている『最愛』(2011年)を高く評価しており、彼女を于真役に起用したみたい。
于真は、他の二人の女性と違い、社会の底辺を這うように生きる女性。
貧しい文盲の独身女性は、綺麗事だけでは生き抜けない。
兵士の佟大慶と出会ったのも…

太平輪Ⅰ

彼のニセ女房に扮し、ニセ家族写真を撮って、お金をもらうため。
彼女自身、この写真を使い、夫と子供がいると偽り、なんとか部屋を間借り。(あの時代、女が独身というだけで、あんなに不当な差別を受けるとは…。私、40年代に生まれなくて良かったわ~…笑。)
苦しい生活の中、于真が心の支えにしているのは、かつて出逢った負傷兵・楊天虎に再会する夢。
負傷兵は台湾へ送られるという噂を聞き、台湾へ渡る船賃を作りたくて、遂には、自分の身体を売るようになる…。コネも助けも無く、読み書きもできない彼女に、他に稼げる手段は無いわけで…。
だからと言って、けな気を売りに同情を誘う役ではなく、于真には、泥水飲んで生きている下層の女性の逞しさやシタタカさを感じる。
それでいて、ただのスレッ枯らしではなく、根っこに純真さが見え、憎めないキャラクターになっているのは、章子怡の演技力だと感心。


非華人女優では、やはり日本人の長澤まさみが、どうしても気になる。
中国語の台詞に挑戦した海外デビュー作『ショコラ~流氓蛋糕店』は、長澤まさみの努力が無になるほど不出来なドラマだと感じたが、その後、この吳宇森監督の大作にお声が掛かったのだから、『ショコラ』も無駄ではなかった。
でも、彼女が扮する志村雅子は、想像していたより出番が少ない。しかも、医師・嚴澤坤の回想シーンに女学生として出てくるのだ。嚴澤坤役の金城武同様、長澤まさみももう学生はキツイでしょ。
さらに言うと…

太平輪Ⅰ

岸田劉生の<麗子像>風おかっぱ&着物姿で、お手々を合わせて「南ぁ無ぅ~」みたいなコレは、如何なものか。
吳宇森監督の嫌がらせ演出ではないかと疑ったけれど、中華圏では、この姿の長澤まさみに「綺麗」、「可愛い」とコメントしている人がそこそこ居るので、日本人とは感覚が違うのかもね。
でも、私は、やはり、長澤まさみには年相応の役で出演し、彼女を初めて見る中華圏の人々を魅了して欲しかった。
本作品の“非華人女優”枠では、イメージに合った令嬢・周蘊芬に扮した宋慧喬の方が、ポイント高い。

どうでもいい事で一つ気になったのは、長澤まさみの役名が、なぜ“志村雅子”なのかという点。
その昔、金城武は志村けんファンを公言したがために、そのイメージが定着し、志村けんと一緒にCM出演するに至った。
この映画でも、もしや“金城武と志村はセット”と、相手役の姓を“志村”に決めたのではないかと、勝手に想像してしまいました。深読みし過ぎでしょうかねぇ…?


他、脇にも、有名な俳優が多数出演しているので、物語が進行する中、そういうのに出会う楽しみも。
ここには、敢えて、日本の観衆の8割が気に掛けないであろう脇のキャストを挙げておく。

太平輪Ⅰ

周蘊芬の父・周仲鼎役の寇世勳(コウ・シーシュン)、敵対する共産党軍の兵士でありながら、狩ったウサギを佟大慶らと分け合って食べる二蛋に寇家瑞(コウ・ジャールイ)
この映画で、寇世勳&寇家瑞は間接的に親子共演。
寇世勳は一夫多妻制を実践する(!)台湾人俳優で、寇家瑞は正妻が産んだ息子。台湾では、出演したドラマ『光陰的故事~Story of Time』が大ヒットしたことで、注目を集めるように。





『PartⅠ』を観る限り、中華圏で大コケの理由が分からない。
私が“波乱万丈好き”ということもあるけれど、一個人が抗うことなどできない激動の近代史を背景にした壮大な歴史エンターテインメントであり、時代の荒波に飲み込まれていく人々の悲しい人間ドラマに、引き込まれっ放しの2時間であった。

若干ベタでクサいのは確か。
しかし、そのクサさこそが、吳宇森監督らしい男のロマンであり、美学。
そして、その吳宇森監督的世界観を、見事に体現する黃曉明のカッコよさったら…。ふぅ~。
黃曉明扮するスクリーンの中の雷義方に向かって、「一生アナタ様について行きますーっ!」と、何度叫びそうになったことか。

心配なのは、『PartⅠ』で雷義方が戦死してしまったこと。『PartⅡ』では雷義方不在…?大丈夫??
まぁ、ドラマ『琅琊榜<弐>』でも、黃曉明扮するカッコよ過ぎる蕭平章が中盤で死んで、後半蕭平章不在でもつのか?!と心配したけれど、結局のところ、後半も面白かったのよね。
それに、『太平輪』の場合、少なくとも、我が愛しの金城武は、まだ存命。

多少の不安を抱いて観た『PartⅠ』が、その不安を払拭する面白さであったことで、『PartⅡ』がより楽しみになってきた。


追記:2019年6月19日
後編『The Crossing ザ・クロッシング PartⅡ』についてブログ更新。こちらから。