映画『愛がきこえる』

不說話的愛

【2025年/中国/111min.】


2010年、中国。
小馬は日雇いで修理工をしながら 木木という7歳の娘を育てているろう者のシングルファーザー。
木木は健聴者だが学校には通わず、ろう者のコミュニティになっている麻雀館で、いつの間にか覚えた手話で通訳をし、皆から可愛がられる存在。

ある時、仲間たちと日々楽しく過ごす父子の前に、5年前に家を出た曉靜が現れる。
小馬とは離婚し、すでに新たな家庭を築いている曉靜が、木木を引き取ると言ってきたのだ。
木木を自分とは同じにしたくない、小馬との生活には お金も尊厳も、そして未来も無い…、曉靜からそう言われ返す言葉も無い小馬。

小馬は 木木を普通の子たちと同じように小学校へ通わせ始め、自分自身も定収入を得るために、仲間の助けを借り、ホテルで清掃の仕事をするようになるが、上手く行かず。

紹介された趙社長に相談したところ、木木を手放したくなかったら50万元もの資産証明が必要だと厳しい現実を聞かされ、絶望する小馬だが…。




幾つかの理由から、公開されたら観るつもりでいた作品。
いざ公開されたら、懸念していた以上に上映館や上映回数が少ない…。
まぁ、それでも私自身は観に行けたから こうしてブログを更新しているのですが。
実際に鑑賞した結果、もっとちゃんと知られていたら、中高年女性を中心に広く支持されるタイプの作品だと感じたので、あの公開規模はちょっともったいない気が。
映画館では、泣いていない私が頭おかしいと思われそうなほど、四方八方からすすり泣く声が…。
「私、そういうの刺さるタイプかも」と直感した方は、即映画館へ。
じゃないと、ぐずぐずしている間に上映終了の恐れ…。


当ブログからの盗用を見る度にイヤな気持ちになります。きちんとリンクをお願いいたします。)


概要

原題『不說話的愛~Mumu』


中国の沙漠(シャー・モー)長編監督作品第2弾。


脚本は付丹迪(フー・ダンディ)
付丹迪は1990年生まれ、2008年に入学した北京電影學院 導演系(監督科)卒、過去にも沙漠監督作品を手掛けたことがある脚本家。

…なのだけれど、大学で監督になるお勉強をした人なので、夢はやはり監督さんなのかも。
2025年には『明天到來之前~Departing』という20分弱の短編監督作品を発表。
その短編は『明日が来る前に』という邦題で、2025年晩夏に開催された第21回大阪アジアン映画祭にてワールドプレミア。
その後、『Departing』と邦題を変え、第35回ゆうばりファンタスティック映画祭でも上映され、ご本人も北海道に来たみたいですね。


プロデューサーは陳國富(チェン・グォフー)
陳國富は1958年 台湾出身の映画監督兼プロデューサー。
2017年 周迅(ジョウ・シュン)+陳坤(チェン・クン)と共同で、新人俳優の養成やプロ俳優のワークショップを行う山下學堂 The Dome Studioを創設するなど、幅広く活躍。


主な撮影場所は重慶 江津


中国では、2025年4月に劇場公開。


ここ日本では、2025年5月、中国語+英語字幕で一週間限定の最速上映
(面白映画社が最近やっているタイプの上映方法を今回はMARCHが実施。その時どれくらいの反応が有ったのかは不明。)
同年10月には、東京・中国映画週間のクロージング作品として上映され、主演俳優も来日してセレモニーに登壇。
その頃には、すでに日本での正式な公開が決まっていたので、私は心置きなくスルー。
その後、2026年1月に一般劇場公開。


監督:沙漠

不說話的愛

沙漠 Sha Mo


沙漠(シャー・モー)は1990年 北京出身、北京電影學院卒の監督さん。

2012年、祖峰(ズー・フォン)を主演に撮った卒業制作の短篇『黑魚~Black Fish』で複数の賞を受賞。


不說話的愛

2016年、寧浩(ニン・ハオ)監督の壞猴子影業による才能ある新人監督発掘育成プロジェクト“壞猴子72變電影計劃”の13人の内の一人に選出。
このプロジェクトから生まれ、最も成功した作品は文牧野(ウェン・ムーイエ)監督の『薬の神じゃない!~我不是藥神』(2018年)であろう。

他、13人の中には、後にドラマ『風起隴西<ふうきろうせい>SPY of Three Kingdoms~風起隴西』を撮る路陽(ルー・ヤン)監督や(映画作品はあまり私の好みに合わず)、近年『ノー・モア・ベット~孤注一擲』(2023年)『南京照相舘~Dead To Rights』(2025年)といった映画をヒットさせた申奥(シェン・アオ)監督などもいる。


不說話的愛

映画『あなたがここにいてほしい~我要我們在一起』(2021年)

その後、青春学園モノwebドラマ『你好,舊時光~My Huckleberry Friends』(2017年)も好評だった沙漠監督が、いよいよ長編映画監督デビュー

web小説の映画化作品で、内容は高校時代に知り合った男女の十年の歩みを描くラヴストーリー
主人公の男女を演じているのは、屈楚蕭(チュー・チューシアオ)+張婧儀(ジャン・ジンイー)

このデビュー作のプロデューサーが、やはり陳國富(チェン・グォフー)
ネット上で評判だった小説の版権を獲得したものの、それを演出するのに相応しい新人監督をなかなか見つけられずにいた陳國富Pが、ドラマ『你好,舊時光』を見て、沙漠監督に白羽の矢。
その後もタッグを組む付丹迪(フー・ダンディ)も、この作品ですでに脚本を担当している。


『我要我們在一起』は日本にも正式に入って来た。
なんと日本語吹き替え版まで制作されて劇場公開されたのだ。
…あまり話題にならなかったけれど。
(そもそもこの映画を観る層が日本語吹き替え版を欲しがるか疑問。)




私自身が初めて観た沙漠監督も『我要我們在一起』。
中国で“催涙映画”と称されていたので、ベッタベタの恋愛モノ覚悟で鑑賞したら、意外と中国の実情を取り入れたリアリティある作風。
傑作と思わないまでも、私はこれを観たことによって、沙漠監督は青春映画や恋愛映画以外の作品も撮れる監督なのではないかと感じた。

私が第2弾の『愛が聞こえる~不說話的愛』を観てみようと思った大きな理由の一つは、まさにそこ。


原案

小説や漫画といった“原作”をもつ映画は多い。
本作品『不說話的愛』には、そのような原作は無く、オリジナルのストーリー。
でも、“原案”となる映像作品は存在するのだ。


不說話的愛

『開拍吧~Action』

こちら、愛奇藝 iQIYI制作+配信による2021年のバラエティ番組。
6人の若手監督がそれぞれに短編作品を撮って競う様子を見せるというもの。


不說話的愛

沙漠監督も、それら6人の内の一人として番組に参戦


不說話的愛

短編『不說話的愛~Mumu』

その番組内で、沙漠監督監督が発表した短編の一本。

20分程度の短編作品で、内容はざっと以下の通り。


ろう者の女性 曉靜が妊娠。
夫の小馬もろう者であるため、遺伝を懸念するも、お腹の子を産む決意を固める。

娘の木木は健聴者として生まれ、ろう者のコミュニティの中ですくすくと成長し、やがて小学校へ上がる年齢に。
ところが、喋れるはずの木木は学校でも口を閉ざし、いつの間にか勝手に覚えた手話でしかコミュニケーションを取ろうとしない。
実は木木、健聴者の息子との対話が上手くいかず 紅さんが泣いているのを見たことがあり、自分は親を悲しませたくなくて、喋ることをやめてしまったのだ。

ある日、とあるダンススタジオで生徒のスマートフォンが紛失。
木木を連れ、そこに修理の仕事に来ていた小馬が疑われ、興奮する生徒たちから暴行を受ける騒動に発展。
物陰に落ちているスマートフォンを発見した木木は、それを手に、涙ながらに声を上げる、「パパを放して!パパは泥棒なんかじゃない!」



不說話的愛

『開拍吧』で最終的に沙漠監督は、あの陳凱歌(チェン・カイコー)監督からもお褒めの言葉を頂き、最佳青年導演(最優秀青年監督賞)を受賞。


あの時の短編『不說話的愛』を長編映画にセルフリメイクしたのが、この度 日本でも公開された映画『愛がきこえる~不說話的愛』。
キャストは一新されているが、脚本は短編作品を手掛けた付丹迪(フー・ダンディ)が長編でもそのまま続投。
沙漠監督と付丹迪は、短編制作の後 約3年に渡り、共に調査やインタヴュ、脚本の推敲を重ね、長編映画を制作。


私自身は、まず長編デビュー作『あなたがここにいてほしい~我要我們在一起』を観たことで沙漠監督が気になり、短編『不說話的愛』もネット上で試しに鑑賞。
へぇー、あれが長編に作り替えられたの?!という興味、それもこちらの新作映画を観ようと思った要因。


物語

本作品は、ろう者の小馬と健聴者の少女 木木、二人きりで生きてきた親子の前に、元妻の曉靜が娘を引き取ろうと現れたことで、自分の養育能力を示そうとした小馬が躊躇しながらもついつい犯罪に手を染め、どんどん深みに嵌る悲劇と親子の愛の絆を描く人間ドラマ


この長編映画版にも、父+母+一人娘が主要人物として登場し、それぞれの役名が短編と同じ。
つまり、父=小馬母=曉靜娘=木木
木木がろうの親を持つ健聴者の子供、コーダ(CODA=Children Of Deaf Adultsの略)であることも同じ。


しかし、他の設定がかなり変えられている。
短編では、小馬と曉靜は共にろう者の夫婦で、娘の木木だけ健聴者。


不說話的愛

一方、長編映画版では、小馬だけがろう者。
曉靜は5年前に家を出て、夫婦は離婚。
それ以降、小馬と木木は、ろう者のコミュニティの中で仲良く暮らしている。


不說話的愛

なんとそこに、再婚して経済的にも安定している曉靜が現れ、木木を引き取りたいと申し出る。
小馬がそれを拒否したため、曉靜は裁判を起こす!とご立腹。
父親としての小馬に落ち度は無く、娘との関係も良好であるため、裁判になったところで、実のところ小馬は有利な立場。

なのに、小馬はそれを知らない…。
それどころか、小馬自ら状況を暗転させてしまう出来事が発生。
小馬が弁護士の説明を聞き取れないことを利用し、阿梅という“親切な”手話通訳者が「裁判になったら不利だし、費用も多額」と彼に“誤訳”を伝えるのだ。
木木を失いたくない小馬は、安定した収入を得るため、友人の口利きで、ホテルの清掃の仕事に就くが、耳が不自由なことで何かと問題が起き、せっかくの仕事も住む場所も失ってしまう。

小馬、絶体絶命?!


不說話的愛

でも大丈夫、阿梅のボスで、これまた“親切な”趙亮が、力を貸してくれる。
趙亮によると、木木の親権を得るためには、50万元という多額の資産証明が必要不可欠。
当然 小馬には準備できる額ではないが、趙亮が稼げる仕事を斡旋してくれることになったのだ。

その仕事とは、運転して故意に事故を起こし、車を破損させるというもの。
車は安価な部品で修理し、下りた保険金との差額で稼ぐ、アレンジ版当たり屋であり、保険金詐欺…。
小馬はそれが違法だと気付きながらも、他に大金を稼げる手段が無いため、致し方なくその仕事を受ける。
しかも、破損が充分でないと保険金が下りないと言われ、危険運転はどんどんエスカレート…。


短編とは随分異なる展開である。
当初「えっ、あの短編を、クライムサスペンスに作り替えちゃうの…?!」と少々戸惑った。
が、それは私の誤解であった。
弱者の弱みに付け込んだ犯罪を描く本作品は、クライムサスペンスというよりはむしろ社会派的かも。

…いや、社会派はちょっと大袈裟。
全く“社会派然”とした作風ではないし。
親子の深い絆や言葉を越えた愛情を伝えるために、弱者が狙われがちな犯罪を取り入れ、誰にでも分かり易いエンタメ仕立てにしている、そのような作品。


参考作品

不說話的愛

映画『コーダ あいのうた~CODA』(2021年)

フランス映画『エール!~La Famille Bélier』(2014年)をアメリカのシアン・ヘダー監督がリメイク。
一家の中で唯一耳が聞こえるため、通訳者として欠かせない存在になっているティーンの女の子の物語。
第94回 アカデミー賞 作品賞受賞作ということもあり、日本でも話題になったし、日本で“コーダ”という言葉を広めるきっかけにも。



不說話的愛

映画『ぼくが生きてる、ふたつの世界』(2024年)

五十嵐大の自伝的エッセイを呉美保監督が映画化。
幼いころから当たり前のように ろう者の両親の“通訳”だった主人公が、成長と共にその状況を疎ましく感じるようになり、逃げるように都会へ出るが、やがて母の深い愛に気付き、絆を取り戻す心情を綴る物語。
人気の吉沢亮が、成長したコーダの主人公に扮しており、一から手話を学んで役に臨んだことも話題に。


ろう者の親とコーダの関係を描く映画というと、多くの日本人がパッと思い浮かべるであろう作品は以上の2本ではないだろうか。
私自身、まぁ、そうなのだけれど、実際に『不說話的愛』を観たら、もう一本別の作品を思い浮かべた。


不說話的愛

映画『Lucy Lu~幸福之路』(2025年)

韓国系カナダ人 ロイド・リー・チョイ(Lloyd Lee Choi/李·崔 Lloyd)長編監督デビュー作で、主演は台湾の張震(チャン・チェン)

ニューヨークを舞台に、中華系移民の配達員男性が、様々な不運に見舞われながらも、故郷から呼び寄せた妻子のために奮闘する物語。
主人公はろう者ではないし、コーダも関係ない作品。
でも、“父と幼い娘” “娘のためにパパが稼ごうと頑張る”、でも “社会的弱者であるがゆえに 稼げる手段が違法行為”といった点が『不說話的愛』に近い。
さらには、娘はまだ幼くても、父親の違法行為に気付いていることも共通。
どちらも、娘のために頑張ったはずが、娘に知られたくない事実を知られてしまったパパは情けなく遣る瀬無い気持ちになるのだ。

この映画は第26回 東京フィルメックスで『ラッキー・ルー(仮)』の邦題で上映され、 日本国内では 2026年~2027年初頭辺りに一般劇場公開が予定されている。




キャスト:全般

長編映画版『不說話的愛』のキャストは、短編版からガラリと変えられている。


不說話的愛

短編でろう者の夫婦を演じているのは、王先賀(ワン・シエンハー)+嚴亞敏(イエン・ヤーミン)という素人のろう者。


不說話的愛

長編映画版では主人公にスタア俳優を起用した代わりに(…という言い方は良くないかも知れないが)、26人の素人のろう者を脇の人物に起用。

沙漠監督はすでに短編『不說話的愛』の経験が有ったため、素人のろう者でも演じきれるという自信あり。
撮影をスムーズに進行するため、撮影前にスタッフたちにも基本的な手話を学ぶ時間を設けたり、聴覚に障害があり視覚に頼る人々のために、カメラの“スタート”や“カット”は(現場の状況が許すならば)照明の変化で合図する工夫なども。

それでも、クランクイン数日前に問題に直面。
普段はカメラの動きや配置にこだわる沙漠監督だが、ろう者は相手と向かい合ってコミュニケーションを取るもので、歩きながら手話をすることがないため、これまでの手法があまり使えないことに気付いたのだ。
結局、技巧に頼るのではなく実直にありのままを撮影することで、台詞の質も高まり、観客にも本当の情報が伝わると徐々に分っていったという。


不說話的愛

なお、短編で主人公 小馬を演じた王先賀は、長編映画版『不說話的愛』にも出演しており、“四眼(めがね)”という役に扮している。
小馬の仲間で、ちょっと危うさのある男。
脇とは言え重要な役。
俳優としては経験が浅くても、ダンサーとしては、障碍者ダンスコンクールで賞を獲ったり、大きなイベントのステージにも立っているようなので、人前で表現することには慣れていそう。
実際、演技も堂々とこなしているし、今後はまだ少ない中国人ろう者俳優として活躍する可能性大。


キャスト:父

不說話的愛

張藝興(チャン・イーシン):馬達(マー・ダー)

通称 “小馬”
5年前に妻の曉靜が家を出てから、修理工をしながら 娘の木木を男手一つで育てているろう者。
親子でろう者のコミュニティになっている麻雀館で生活。
元妻の曉靜に木木を奪われる危機感から、定収入を得ようとホテル清掃の仕事に就くが上手くいかず、手話通訳者 阿梅のツテを頼ることになったのが運の尽き…。


不說話的愛

“Lay”こと張藝興は1991年 湖南省長沙出身、広く知られるようになったのは、K-PopアイドルユニットEXOの中国人メンバーとして。
2015年頃から活動拠点を中国に移し、俳優業も本格化。

元EXO中国人メンバーには、鹿晗(ルー・ハン)吳亦凡(Kris ウー・イーファン)黃子韜(Tao ホアン・ズータオ)がおり、当初 彼らと比べ “俳優”としての張藝興はあまり目立っていなかった。
ところが、全員30代半ばになった現在、俳優業が最も上手くいっているのは、張藝興という印象。
(以前は一番作品に恵まれていた吳亦凡は逮捕されちゃったし…。)



不說話的愛

ドラマ『大明皇妃 Empress of the Ming~大明風華』(2019年)

孝恭章皇后 孫氏(1399-1462)の一代記を軸にフィクションを交えて描く明朝の歴史ドラマ
あの湯唯(タン・ウェイ)が初めての時代劇で久し振りにドラマに挑戦!と鳴り物入りで公開されたが、湯唯ファンだけに期待も大きかった私は、このドラマへの失望も大きかった。

『大明風華』における私の数少ない評価ポイントの一つが張藝興であった。
張藝興が演じたのは湯唯の息子の朱祁鎮(1428-1457)。
明朝に実在した皇帝だから、どういう役がだいたい分るわけ。
前半はバカ殿様的で後半は残忍
人気アイドルなのによくこの役を引き受けたと感心いたしました。




不說話的愛

映画『ノー・モア・ベット~孤注一擲』(2023年)

近年は、主演映画もヒット。
申奥(シェン・アオ)監督作品で、内容は、東南アジアを根城にオンラインカジノで違法に稼ぐ詐欺集団を描く物語。


で、『不說話的愛』の小馬役を探している沙漠監督に張藝興を推薦した人物こそ、その『孤注一擲』の申奥監督なのだと。
当の張藝興も、初めて『不說話的愛』の脚本を読み終えた後に「ずっとこういう役を待っていたんです!」と興奮気味に言い、沙漠監督と実際に対面すると、作品や役への解釈を積極的に語ってきたという。


奇しくも『不說話的愛』と『孤注一擲』両作品の主人公は、“詐欺集団に騙されて犯罪に加担してしまった男”という共通点が。


不說話的愛

さらに『不說話的愛』では、ろう者で父親という新たな挑戦。
張藝興は多忙の中、2ヶ月間 先生に付き手話をマスター。
撮影現場でも、空き時間にはろう者の共演者たちの輪に加わり、手話でコミュニケーションを取っており、沙漠監督曰く、それはとても暖かで人の気持ちを動かす光景だったという。
私は当然出来上がった映画しか観ていないわけだけれど、カメラが回っていない時のそういう雰囲気は作品にそのまま反映されていたかのように感じる。


“娘をもつ父”という設定にも何の違和感も無かったし、…という以上に、とても父親らしかった。
お肌を綺麗に見せるような処置も施さず、社会の底辺で娘のために必死になっている男性を演じる張藝興は、思いのほか良かった。


キャスト:コーダの娘

不說話的愛

李珞桉(リー・ルオアン):木木(ムームー)

小馬曉靜の7歳の娘。
母親が家を出てから、ずっと父と二人、ろう者のコミュニティの中で暮らし、皆の通訳になっている。


英題が『Mumu』であるように、木木はただの“主人公の娘”という以上に重要な役。
子供が重要な作品で子役が下手だったりアザトかったりすると、シラケてしまうもの。


不說話的愛

短編『不說話的愛』で木木に扮したのは楊恩又(ヤン・エンヨウ)
『星明かりを見上げれば~人生大事』(2022年)で朱一龍(チュー・イーロン)と疑似親子を演じた名子役。

私は勝手に勘違いしており、長編映画版『不說話的愛』の木木も彼女だと思い込んでいた。
そうしたら、実際には違ったのだけれど、そりゃあそうですよね、子供の成長は速いから、3年も間が空いたら役のイメージに合わなくなってしまう。
2013年生まれの楊恩又は、今やもう“お姉さん”の雰囲気。


不說話的愛

新たに長編映画版に起用されたのは、2018年生まれの李珞桉
パッと見の雰囲気は、幼い頃の楊恩又に近い気がする。


不說話的愛


現時点の日本で一番観られている李珞桉出演作はきっとこれ。
田雨(ティエン・ユー)扮する王啟年の娘で、シリーズ初登場する“王霸”という少女を演じた子。


不說話的愛

王啟年の子にしては幼過ぎると思ったけれど、可愛らしい少女でありました。
『慶余年2』は、6歳の時 3千人の子供の中から選ばれたという。


実のところ『慶余年2』では出番は少ない。
映画『不說話的愛』の方がずっと重要な役だし、演技にも磨きがかかっておられる。

コーダの役なので、彼女もまた手話を習得。
手話の語順は話し言葉の語順と違うらしい。
だから、台詞を言いながら手話をして、しかも演技もしなければならないというのは、大人の俳優でも難しい事なのに、李珞桉はやり遂げたと、舌を巻く沙漠監督。
なんか次から次へとすごい子役が出てきますね。


不說話的愛

なお、成長した木木を演じているのは章若楠(ジャン・ルオナン)
映画は、警察で手話のボランティア通訳として、あくどい雇い主から罪を被せられたろう者の女性の助けをする木木のシーンで幕を開け、彼女が2010年の少女時代を回想する形で映画は展開。


キャスト:母

不說話的愛

黃堯(ホアン・ヤオ):曉靜

小馬の元妻で、木木の生母。
5年前に家を出て、今では再婚し、夫と夫の連れ子と暮らす。
家族でニュージーランドに居を移す前に、木木を引き取ろうと、久し振りに小馬の前に現れる。


不說話的愛

黃堯は1994年 広東省佛山出身、中央戲劇學院卒。


不說話的愛

映画『THE CROSSING 大陸と香港をまたぐ少女~過春天』(2018年)

黃堯の名が広く知られるようになった彼女の代表作。
深圳から香港に越境通学していることを利用し、日本旅行に行く資金を稼ぐため、スマートフォンの密輸をする女子高生を描く青春犯罪物語。




派手さは無いけれど“普通”を演じられる良い俳優。
そして、若見えする。
『過春天』当時もすでに20歳を越えていたはずだが、すんなり女子高生。
だから『不說話的愛』の曉靜は、張藝興と同様に、離婚再婚歴のある子持ち女性役が新鮮な印象。


名前こそ“曉靜”と同じままだが、役の設定は短編版から随分変えられている
短編では曉靜もろう者で、娘の木木を巡り夫の小馬と喧嘩することもあるけれど、離婚するほど深刻ではなく、二人は夫婦。

一方、こちらの長編映画版だと、夫と娘を捨て家を出て→再婚して そこそこ裕福になり→木木を引き取るため父娘の前に突然現れるのだから、第一印象はあまり良くない。
が、話が進むにつれ、小馬と夫婦だった当時 曉靜にも辛い思いがあったり、再婚した現在も寂しさを感じていることが伝わって来る。
(現在の寂しさは、息子が夫の連れ子であること。“血縁重視”というより、一回目の結婚の時と同じで、父と子の繋がりが強いことで疎外感があるのかも知れない。)
この曉靜、最終的には、小馬の良き理解者でありました。


キャスト:詐欺集団

不說話的愛

袁文康(ユエン・ウェンカン):趙亮(ジャオ・リャン)

犯罪組織のトップで、阿梅のボス。
娘を手放したくないろう者の小馬に「大金を稼げる」と仕事を持ち掛け、保険金詐欺に加担させる。

袁文康は1980年生まれ、優しい顔立ちで、40代半ばになった今でも充分美男。
彼もまた本作品では、そういう元の印象とは異なる役、少しギラ付きと野心が見える いかにもな中国人社長風情(実際には詐欺師)を演じている。

不說話的愛

“いかにも”を象徴する数珠ブレス

まぁ日本でも特に飲食チェーン経営者とか地方の社長さんは数珠ブレス着用率が結構高いですよね。
願掛けとか験担ぎとか、何か理由があるの?
(日本の社長さんの場合、磁気ネックレスとのW使いもよく見る。)





不說話的愛

安沺(アン・ティエン/ヴィヴィアン・ティエン):李梅(リー・メイ)

通称 “阿梅”
趙亮の手下で、手話通訳者として小馬に接近し、何かと彼を助け信用を得ながら、犯罪に加担させる。

阿梅も小馬を騙す悪人なのだが、詐欺師としての脇の甘さは、物語の序盤から見え隠れ。
実際、最終的に、貶めることもできたはずの小馬を救おうとする。


安沺は1997年生まれ、上海戲劇學院卒のアメリカ華人。

不說話的愛

出世作は、私のお気に入りドラマ『それでも、家族 All is Well~都挺好』(2019年)。
この大ヒットドラマで、姚晨(ヤオ・チェン)扮する主人公 蘇明玉の学生時代で出演していたのが彼女。
当時は英語名のVivienneに漢字をあてた“薇薇安 ウェイウェイアン”でクレジットされていたが、いつの間にか“安沺”に改名。

目元が印象的な猫顔で、姚晨の若い頃を演じるくらだから、芯がしっかりした媚びない女性のイメージが強い。
それは『不說話的愛』の阿梅にも通じる。


不說話的愛

最近はドラマ版『長安的荔枝~The Litchi Road』で唐代の装いにも挑戦しており、そちらもとても印象的。




不說話的愛

実は安沺は、『不說話的愛』の脚本家 付丹迪(フー・ダンディ)が監督した短編作品『明天到來之前~Departing』で、台湾の石知田(シー・チーティエン)とW主演。
そういう繋がりもあって『不說話的愛』に起用されたのかも?
(『不說話的愛』と『明天到來之前』、どちらが先だったかは不明だが、付丹迪を介した繋がりはありそう。)


キャスト:その他のキャスト

不說話的愛

艾麗婭(アイ・リーヤー):紅(ホン)姐

小馬の仲間で、ホテルの清掃員。
小馬に勤務先のホテルでの仕事を紹介し、木木と一緒に暮らせる備品室も用意。


不說話的愛

設定は変えられているけれど、紅姐は短編にも登場する役で、そちらだと香港の有名俳優 惠英紅(カラ・ワイ)が演じている。

長編映画版の艾麗婭は、映画『宇宙探索編集部~宇宙探索編輯部』(2023年)がヒットした前後から出演作が激増している印象がある。





不說話的愛

金世佳(ジン・シージエ)

沙漠監督の前作『我要我們在一起』に“甲”という監督役でちらりと出演している金世佳は、こちらの『不說話的愛』にもちらりと出演。
いや、『我要我們在一起』以上にあっと言う間に消える役。
作品冒頭、人材派遣の親方というか、日雇い労働者の手配師のような役で。
(サングラスをかけた金世佳が クレイジーケンバンド 横山剣にそっくりだったのが意外。)
沙漠監督の次回作では、もう少ししっかり出演していただきたいものです。


特別出演(?)

不說話的愛

周星馳(チャウ・シンチー)

劇中、部屋のテレビに映っている映像が、周星馳主演の香港コメディ映画『広州殺人事件~九品芝麻官』(1994年)であった。

なんで…???
『九品芝麻官』で周星馳が演じている“包龍星”は、公正無私の名判官 北宋のかの包拯(999-1062)の末裔でありながら、無学で金に汚い清代の知県。
『不說話的愛』の小馬に「詐欺には気を付けろ」の警鐘?
それとも、世代的に黄金期の香港映画に影響を受けた“香港映画大好き少年”だったであろう沙漠監督のお遊びや何らかの思い入れ?


エンディング曲

映画の最後には当然のように主演の張藝興が歌う歌が流れてくるのかと思いきや、違った。
実際のエンディング曲は毛不易(マオ・ブーイー)が歌う<你沒說的話>
王海濤(ワン・ハイタオ)による歌詞が、映画の内容とリンク。
(日本公開版映画では、ちゃんと日本語の訳詞付き。)





主演の張藝興は、映画のプロモーション用の曲として<聽不見的歌>という歌なら歌っておられる。


まとめ

本心で好みを言うのなら、私は短篇の方の より現実味のある作風に惹かれる。
長編映画版は(恐らく広い層に観てもらうことを意識し)娯楽色をかなり強く作り替えられている。
沙漠監督の前作『我要我們在一起』と比べても、こちら『不說話的愛』の方が大衆エンタメ的。

特に前半の演出はとても商業映画的で「これ、私、駄目かも…」と若干退いたが、徐々に慣れ、「ベッタベタの“お涙頂戴”でムズ痒ーい…!」という嫌悪感も湧かず。
私自身が父親にたっぷり愛されて育ったパパッ子で、父子の情を描く作品に弱い傾向は有るのかも。

映画やドラマで泣くことはまず無い私mangoでございますが、それでもジーンと来るシーンはかなり有った。
ニュージーランドに発つ木木に最後に一目会いたい小馬が、飛行場に駆け付け、ガラス越しに木木と手話で会話するシーンとか。
「木木、行かないでー!」ではなく、小馬自身の辛く寂しい感情を、娘を一生自分の耳や口代わりにしてはいけない、所謂ヤングケアラーにしてはいけないといった“理性”とで、一生懸命折り合いを付けようとしているのが感じられて。
あそこは、私と限らず観た人の大半の記憶に刻まれるシーンでしょうね。


ろう者の役を健聴者の俳優が演じることに関しては、近年批判的な意見も多い。
私自身、とても良い味を出していた ろう者のアマチュア俳優を夫婦役に起用した短編を評価。
でも、理想だけでは解決できない、お金が絡む現実的な問題が存在することも理解。
多額を注いで制作される映画では、損を出さないために動員力のある俳優を起用することが確かに効果的だろうし、多くの人に観てもらうことで、結果的に障碍に対する理解が深まる可能性も。
アカデミー賞受賞のハリウッド映画とか、世界的有名監督の作品なら 何でも思うようにできるけれど、そうでなければ、妥協点を探るのは現時点では“あり”なのでは。
もちろん将来的には分からないけれど。

恐らく沙漠監督は、現実主義的な作品とエンタメ作品、どちらも撮れる監督さん。
『不說話的愛』では想定した客層に合わせたまでで、収益度外視で好きなように撮れとお許しをもらえたら、全く異なる作風になっていた気もする。


作中 描かれるろう者を巻き込む犯罪に関しては、火鍋屋の窃盗濡れ衣事件から車輛破損保険金詐欺まで、実際にそういうの有りそう…、と。
弱者をいいように利用する犯罪が卑劣であることは言うまでもないが、いいように使われた側が、理不尽な状況を受け入れてしまいがちなのが、これまた切ない…。


日本語字幕に関しては、本作品は中華ドラマで経験を積んだコンテンツセブン系のMARCH配給ということで、鑑賞前から「多分大丈夫」とほぼ確信。
実際、本作品の字幕はドラマを多く手掛けてきた本多由枝氏による翻訳で上出来。
当然 人名も漢字表記で簡潔。
感謝、感謝…!


上映館や上映回数が少ないのは残念。
これ、NHK『あさイチ』映画コーナーなどで紹介されたら、中高年女性を中心に広い層から支持されそうだし、もっと大規模に公開されたら、それに比例してもっとヒットしていたはずの作品だと感じる。

“EXOの張藝興主演作”というセールスポイントは、張藝興のファン以外にはむしろ忌避ポイントにも成りかねないが、それも多分大丈夫。
私自身 別に張藝興のファンではないけれど、意識せずとも彼を色眼鏡で見ることなく、小馬という役を演じる張藝興と作品をすんなり受け入れたので。


不說話的愛

そうそう、映画館ではポストカードの来場者プレゼントがありました。
ありがとうござました♪


大陸ドラマ『追風者(ついふうしゃ)金融界の夜明けへ~追風者』寸評

追風者


2025年10月初旬から約2ヶ月に渡りチャンネル銀河で放送された大陸ドラマ『追風者(ついふうしゃ)金融界の夜明けへ~追風者』、全話視聴を終了。


こちらは、前回ブログに記した『私の阿勒泰<アルタイ>-To The Wonder-~我的阿勒泰』以上に、当初 全く観る気が無かったドラマ。
チャンネル銀河で放送されたから→ 取り敢えず録画して→ 消極的に視聴開始。

結果から言うと、想像していたよりずっとよく出来た娯楽ドラマで、途中で離脱することなく思い掛けず最後まで。

かと言ってド嵌りしたわけでもないので、“寸評”程度に残しておくつもりでブログに記録し始めたら、意外と食い付きポイントが有って(←だからこそ私は最後までドラマを観たのだと、ブログをしたためることで改めて認識)、そこそこ長い記事になってしまった。
チャンネル銀河では、また今月末から再放送するらしいので、このタイミングで記事を出しておきます。


当ブログからの盗用を見る度にイヤな気持ちになります。きちんとリンクをお願いいたします。)

概要

監督:姚曉峰(ヤオ・シャオフォン)
脚本:翁良平(ウェン・リャンピン)
出演:王一博(ワン・イーボー)王陽(ワン・ヤン)李沁(リー・チン)
全38話


現地中国では2024年早春にCCTV 中央電視台+愛奇藝 iQIYIで初放送/初配信。


所謂原作小説はなく、翁良平を中心とした脚本家チームによるオリジナル脚本


監督の姚曉峰は撮影出身のベテランだが、日本に入って来ている“監督”作品は少なく、当ブログを遡っても、出てきたのは『恋愛先生 MR・RIGHT~戀愛先生』くらいであった。
あれは実力派俳優を揃えた大人のラヴストーリーと言えば聞こえは良いけれど、なんともビミョーな出来。
『戀愛先生』と『追風者』では、ジャンルもテイストもかなり異なる。




物語


1930年代の上海を舞台に、江西の寒村から上京してきた青年 魏若來が金融界に飛び込み、師となる沈圖南のもと才能を開花させていくが、世の不平等や腐敗に疑問を感じ、やがて革命に身を投じていく姿を描く歴史ヒューマンドラマ。



本ドラマをさらに簡単に一言で説明してしまうと…

第一次国共内戦下の民国モノ(+金融テイスト)

中国で腐るほど制作されている民国期の共産党 VS 国民党の物語であり、1930年代の上海を舞台に、青幫などもちらりと登場させ、これまた制作数の多い“上海灘モノ”の様相も。
それだけだったら「またか…」と思うが、金融という切り口から描いているのがちょっと新味。


追風者

実質的な主人公は二人、魏若來と沈圖南

魏若來
は上海に上京し働きながら会計の学校で学んだ苦労人。
優秀だが金もコネも無い上、共産党の本拠地である広西出身であるため、身辺を疑われ、卒業証書さえ発行してもらえない。

ちょうどその頃、南京国民政府が上海の中央銀行に新たな高級顧問として派遣したのが沈圖南
複雑な上海金融界で 方針に従わず私欲に走る銀行に手を焼く政府から金融統合をせよ!というミッションを受けての就任。

沈圖南がこれまでの幹部と違うのは、実力第一主義であること。
自分の部下となる優秀な人材を確保すべく 早速採用試験を行い、そこにやって来た魏若來がたとえ広西出身のコネ無し貧乏青年でも「こいつはできる奴」と見抜き、周囲の心配をよそに採用決定。


こうして魏若來は沈圖南のもと金融を学ぶ師弟関係となり、二人で上海金融業界を変えていこうとするのだが、闇は想像以上に深く、突き詰めると大きな壁になっているのは、自分たちの身内、つまり 国民党上層部であり、国民政府主席 蔣介石…。


日本人視聴者でも中国作品を観始め数年が経過した人なら 察するようになったでしょうけれど、この手のドラマで主演のアイドル俳優が薄汚い国民党ということはまずない
ほぼ確実に共産党、しかも誠実でクリーンな党員を演じるものである。


追風者

『追風者』の魏若來も例外ではない。
ドラマ幕開けでは政治とは無縁で、ただただ金融を学びたくて一生懸命だった魏若來も、庶民が抑圧される世の理不尽を知ってしまったことで、「国民政府は間違っている」「汚い世界を変えなければ」と目覚めるのだ。


直接的なきっかけは、自分たちが良かれと思って国民に向け買うよう積極的に仕掛けた建設国債が、実は国民政府上層部や政府と癒着する者たちによる不法投機によって大混乱を起こし、多くの善良な庶民が財産を失ってしまったという悲劇。


追風者

これは、民国23年(1934年)に承認された関税収入に基づく一種の国債“庫券”が、翌民国24年(1935年)に実際に発行され、権力者及びその共謀者が操作を行いボロ儲けした“二三關庫券(民國二十三年關稅庫券 投機案件”という実際に起きた事件がベース。


こうして、元々庶民派の魏若來は、仲間の悲劇を目の当たりにし、あんなに憧れて入った銀行を辞職し、共産党に傾いていく。
それはつまり、師匠の沈圖南と袂を分かつことをも意味する。

が、沈圖南もまた腐敗を嫌い、国を思う気持ちは一緒なのだ。
『追風者』では、視聴者が「どうせその内 共産党員になる」と見透かす魏若來より、沈圖南の方が思いや動向が読みにくくて、ドラマの見所となっている。


時代

ドラマ『追風者』は、描かれる時代が明確。


時代設定:民国19年(1930年)~民国25年(1936年)12月13日


主人公 魏若來が関わる以下2つの銀行も、名前そのまま実在の2行がモデル。

中央銀行

設立:民国17年(1928年) 総本部:上海外灘15号 初代総裁:宋子文

中華蘇維埃共和國國家銀行(中華ソビエト共和国国家銀行)

設立:民国21年(1932年) 設立場所:江西省瑞金 総裁:毛沢東


魏若來は花の都 上海で、憧れの大手銀行 中央銀行に就職するが、共産党に傾倒し、党本拠地の江西で、これまでの経験を生かし、“蘇維埃國家銀行”という新たな銀行設立に尽力。


そもそもなぜ中国共産党の銀行が“蘇維埃國家銀行(ソビエト国家銀行)”なのか。
それは、政治的背景を省略し簡単に言ってしまうと、その時代に共産党が樹立した政権がそのような名前だったから。

 中華蘇維埃共和國(中華ソビエト共和国)誕生:1931年(1934年の長征により実質的な機能は停止するが、一応1937年まで存在)
首府:江西省 瑞金
中央執行委員会首席:毛沢東
初代中共中央総書記:秦邦憲


ドラマ『追風者』の中で何度も出てくる“根拠地”とは、その政権の首府で、“中央蘇區(中央ソビエト区)”などとも呼ばれる江西省 瑞金


そして、ドラマ終盤の山場は、民国22年(1933年)の第五次圍剿戰爭(第5次囲剿戦)
国民党軍からの5度目の大攻撃にもちこたえず、共産党の紅軍は江西省瑞金を放棄し、1936年までの約2年間、敵と交戦しながら徒歩で25000里(12500キロ)に及ぶ大移動、いわゆる“長征(ちょうせい)”を行う。

ドラマの中では、その際「蘇維埃國家銀行も軍事委員会直属縱隊第十五大隊に編入され長征を始めた」「1935年10月、陝北の根拠地に着いた後も金融の仕事を続行」と説明されているが、それもどうやら史実通りみたいですね。


こうして長征を終えた魏若來が、名を変え上海に舞い戻って来るドラマの最終回が民国25年(1936年)12月13日

追風者

上海では、新聞が前日に起きた西安事變(西安事変/西安事件)について大々的に報じている。


 西安事變 発生日:民国25年(1936年)12月12日

張學良(1901-2001)+楊虎城(1893-1949)主導で、国民政府軍事委員会委員長 蔣介石(1887-1975)を西安で拉致監禁した事件


“抗日のため ひとまず共産党と組むべし”という考えの張學良+楊虎城コンビが、“安内攘外” 外敵(日本)より国内の敵(共産党)を一掃すべしという戦略を改めない蔣介石に対して起こしたクーデターである。

未だに詳細は明かされていないが、交渉の末 12月25日に蔣介石は解放され、これを機に共同抗日の流れになっていく。
つまり、第一次国共内戦が終わり、第二次国共合作が成立。


その重要な日(正確には翌日)を最終回にしているということは…

『追風者』は第一次国共内戦とその終焉を描いたドラマ

次に始まる新たな時代、第二次国共合作を匂わせる歴史的節目の幕締めである。
大陸ドラマの中で日本が最大の敵として登場する度に心臓バクバクの日本人視聴者はちょっとホッとしたかも?


なお、西安事変が起きた場所は、なんと、かの唐の玄宗&楊貴妃がしけ込んだ温泉宮として知られ、 白居易の<長恨歌>にも綴られている華清宮(華清池)の五間廳
そこには今でも、西安事変の時の銃弾の跡なども残っており、見ることができる。

五間廳及び西安事変の詳細は以下のリンクより。




実在の人物

ドラマ『追風者』に具体的な時代、具体的な銀行が背景にあるとなると、主人公にも実在のモデルが?と考えてしまう。

例えば魏若來に関しては、脚本家が「いない」と答えている。
それでも、視聴者は似た人物を色々挙げているけれど。

沈圖南
に関しては、冀朝鼎(1903-1963)と宋子文(1894-1971)の二人の名を挙げる人が多いと見受けるが、そちらも似た要素は多々あれど、決定打には欠けるような…。

『追風者』は偉人の伝記ドラマではないので、魏若來も沈圖南も歴史上の様々な人物の要素を組み合わせて作った架空のキャラクターと捉えるのが無難かも。


追風者

蔣介石(1887-1975)

『追風者』の中で実名ではっきり呼ばれているのは、日本人視聴者でも名前くらいは皆知っている蔣介石。
当時は国民政府の首席である。



ドラマでは他にも中国を影で操る大物の名が台詞の中に度々出てくる。それら大物とは…

“宋” + “孔” + “大姐”

フルネームこそはっきり出さないまでも、それらが誰を指すのかは おおよその見当がつく。


追風者

宋先生 ≒ 宋子文(1894-1971)

聖書の出版などで莫大な財を築いた宋嘉澍(1861-1918)の息子。
妹の宋美齡(1898-2003)が1927年に結婚した蔣介石とは義理の兄弟で、切っても切れない仲。
1928年には南京国民政府の財政部長に就任。
同年11月、中央銀行が設立されると総裁に就任。


追風者

孔先生 ≒ 孔祥熙(1880-1967)

かの孔子の第75代子孫とも言われ(未確認)、石油ビジネスで莫大な財を築いた富商。
1914年、孫文(1866-1925)の英語秘書だった宋靄齡(1889-1973)と横浜で結婚。
姻戚関係にある蔣介石(妻の妹の夫)が1927年に四一二事件(上海クーデター)を起こすと援助。
1926年には政界に進出し、1928年には南京国民政府の工商部長、1930年には実業部長に就任。
1933年には、それぞれ宋子文の後任として中央銀行総裁、財政部長に就任。


追風者

大姐 ≒ 宋靄齡(1889-1973)

「一個愛錢,一個愛權,一個愛國(一人は金を愛し、一人は権力を愛し、一人は国を愛した)」の文句でもお馴染み、あまりにも有名な『宋家の三姉妹』の長女。
つまり、“愛錢(お金を愛した)”お姉さま。
夫は孔祥熙、弟は宋子文、妹はそれぞれ、孫文の妻 宋慶齡蔣介石の妻 宋美齡


1927年 蔣介石による南京国民政府成立後、最初に“庫券”と呼ばれる一種の国債を発案したのは宋子文。
1935年に起きた前述の“二三關庫券 投機案件”(『追風者』では魏若來の気持ちを決定的に変える国債の混乱)は、孔祥熙が財政部長に就任した後 発行され、孔祥熙と宋靄齡の主導で操作されたと言われている。


追風者

『追風者』は“裏『宋家の三姉妹』”!

私にとっては、そのようにも感じるドラマであった。
あの時代の中国が、いかに蔣家+宋家+孔家によって牛耳られ、それら富と権力を持つ限られた一族による腐敗が酷かったかを描くドラマ。
(もちろん“誰が語るか”によって人物の評価は大きく異なるものなので、彼らにも 世のために尽くした善良な面が多々有ったのかも知れない。)


追風者

映画『宋家の三姉妹~宋家皇朝』(1997年)

『宋家の三姉妹』は1990年代の香港映画としては、とてもよくできた伝記映画で、歴史の流れも楽しく学べる。
但し、歴史を知れば知るほど、実際の三姉妹は映画のようにクリーンではなかったはずだと気付く。

だからこそ、“裏『宋家の三姉妹』”的な『追風者』。
三姉妹やその配偶者らを堂々と登場させているドラマではないが、存在を薄っすら匂わせ批判している。


キャスト:主人公

追風者

王一博(ワン・イーボー):魏若來

江西出身の23歳。
会計学校を修了しても、共産党本拠地出身であるため卒業証書も発行してもらえずにいたが、才能と人柄を見込まれ中央銀行に就職でき、沈圖南のもと金融を学ぶ。
本人も知らずにいたが、実兄の魏若川が実はコードネーム“孤星”として地下活動をしている共産党諜報員。


追風者

王陽(ワン・ヤン):沈圖南

南京国民政府から上海の金融統合を命じられ、中央銀行高級顧問に就任。
ドイツに留学し、フンボルト大学で金融を学んだエリート。
家族は妻の蘇辭書、幼い娘の小魚兒、そして未婚の妹 沈近真


恐らく『追風者』が日本で買い付けられた一番の要因は王一博主演ドラマだからであり、実際にこれを積極的に観る視聴者の大半は王一博ファンなのだと想像。
王一博は、映画『無名』(2023年)を観た時にも感じたけれど、お目々ぱっちりの可愛い系アイドル顔ではないので、意外と民国に浮かずに馴染む。

『追風者』では早々のお着換えのシーンで、裸の上半身がちらりと映った時も、案外フツーだったことを意外に感じた。
“役作り”と称し、ムキムキに鍛えたり体脂肪を落とすことに必死な男優を見る度に、「その筋肉、本当に必要か?」「“役作り”ではなく、かっこいい自分を見せたいだけなのでは…」とシラケるんですよね、私は。
王一博は、忙し過ぎて体作りできなかっただけなのか、はたまた意識して普通を心掛けたのかは分からないけれど、無駄に作り込まないあの体形は結果的に魏若來という朴訥な田舎青年の役に合っておりました。


王陽は言うまでもなく素晴らしい。
スーツ姿もさらりと決まった おセレブ感漂う佇まいに見惚れたのは勿論のこと、役の設定も良かった。


追風者

私は当初、『追風者』のこの沈圖南という役に、『偽裝者』で靳東(ジン・ドン)扮する長男 明樓を、魏若來には胡歌(フー・ゴー)扮する明台を勝手に重ねて見ていた。
明樓は汪兆銘による南京国民政府の高官だが、実はそれは世を欺く表の顔で、正体は共産党地下組織のお偉方。
弟の明台はその事実を知らず、自分の行動が兄にバレバレになっていることにも気付かず、工作活動をしながら成長していくのだ。

私は無意識下で勝手に『追風者』=“約十年ぶりに制作された2024年度版『偽裝者』”という思い込みがあったから、沈圖南はいつ身バレするのだろう?魏若來はいつ事実を知るのだろう?と自分の中で物語を必要以上に読みにくいものにして、翻弄させていただけた気がいたします。


キャスト:女性たち

追風者

李沁(リー・チン):沈近真

沈圖南の妹で、優秀な技術者。
実はドイツ留学中に入党した共産党地下組織の工作員だが、兄ら近親者すらその事実を知らない。


追風者

高露(ガオ・ルー):蘇辭書

沈圖南を献身的に支える妻。
沈圖南との間に小魚兒という幼い娘あり。


追風者

蘭西雅(ラン・シーヤー):牛春苗

魏若來とは幼馴染みで、親が決めた許婚。
魏若來に会うため、江西の田舎町から上海に上京。


『追風者』では王一博+王陽と並び、李沁も主演扱い。
扮する沈近真は確かに重要な役だけれど、主人公の一人とするには少し弱いような…。
例えば『琅琊榜』も胡歌(フー・ゴー)+王凱(ワン・カイ)+劉濤(リウ・タオ)の3人を主演としているけれど、私からしてみると真の主演は胡歌+王凱のお二方。
誰を“主演”と位置付けるかには、人気や知名度、その他諸々大人の事情も絡んでくる気がいたします。


私の場合、女性陣の中で特に印象に残ったのは、蘭西雅扮する牛春苗
“牛春苗”という名前からして洗練されていない田舎の女性。
都会的な立ち居振る舞いを知らないから、上海に出て来てしばらくはかなりウザいのだが、根はいい子だし、高等教育を受けていないだけで実はなかなかのお利口さん。

蘭西雅は1998年生まれで、出演作はまだ多くはないけれど、この『追風者』の数ヶ月後に放送された『山花爛漫時 She and Her Girls』が大ヒットし高評価を獲得。
そちらで演じている“谷雨”という役もド田舎の少女なのだが、とにかく上手い。
同世代の若手女優がせっせと10本の偶像劇で主演する間に、蘭西雅は2本のドラマで田舎の少女を演じ“実力派”と位置付けられた気さえする。




追風者

楊昆(ヤン・クン):周姨

『追風者』でウザい女といったら、牛春苗より、魏若來の大家の周さんでしょー。
株をやるのだが、ギャンブラー気質で、魏若來の助言にも耳を貸さず、欲を出して結局大損。
しかも、懲りずに2回の大失敗。
自業自得なのに、魏若來を責めまくり。
楊昆は、抜け目ないおばさんとか、ご近所の口の軽いおばさんなどの役がやたら嵌り、今回も私をイラッとさせて下さり、ありがとう。


キャスト:その他のキャスト

追風者

王學圻(ワン・シュエチー)徐諾

上海のテーラー 鴻芳時裝店の店主。
実は共産党地下組織 上海聯絡所の責任者。


追風者

張天陽(チャン・ティエンヤン):林樵松

淞滬警備司令部 軍法處 偵緝隊(捜査隊)隊長。
共産党地下組織撲滅のためにあの手この手。


追風者

宋帥(ソン・シュアイ):黃從勻

中央銀行行員で、沈圖南の秘書。
後から入って来た魏若來を目の敵。


『追風者』一番の大物キャストは王學圻
地下活動する党員の表の顔が上海の街角のテーラーという設定がクラシック。


張天陽扮する林樵松は、『追風者』一の悪役。
いや、本当の巨悪は名前でしか出てこない蔣さんだの宋さんだの孔さんなのだろうけれど。
林樵松は沈圖南と組む可能性もあったのに、結局 淞滬警備司令部 上司の康少捷の側に付いたことで、ズブズブと悪の沼に堕ちていく。
私の中では、李沁より張天陽が“『追風者』3人目の主演俳優”であった。
林樵松はそれくらい重要な役だし、張天陽はそれに見合った演技力。
ちなみに、張天陽も蘭西雅と同じく、『追風者』の数ヶ月後にリリースされたヒットドラマ『山花爛漫時』にも出演。
そちらだと、女系少数民族の妻の尻に敷かれても 文句の一つも言えない超いい人。


あと、意外に良かったのが宋帥
扮する黃從勻は魏若來にセコイいじめを繰り返すのだが、自分だけの師匠だった沈圖南が、後からのこのこやって来た魏若來に取られてしまったような嫉妬心が拭えなかったのであろう。
もし私が魏若來だったら、黃從勻みたいな人は面倒くさくてイヤだけれど、傍から見ている分には人間味が感じられ、気の毒にさえ感じておりました。
最後の最後まで沈圖南に忠実だったし、素直な青年でございます。


日本のお仕事

オープニング+エンディングのクレジットを消さずにそのまま、日本語字幕も非常に分かり易く、基本的には大満足。
配信系大手の仕事があまりにも雑なので、ちゃんと良い状態で作品を提供してくれる日本の配給会社様には心の底より感謝、感謝!


欲を言うならば、(これは何度も言っていることだが)最低限 民国までは、人名に付けるルビを日本語の音読みに準じた平仮名ルビにして欲しい。

ルビの種類を変えて 実在の人物と架空の人物を区別するのは良くないということも何度も申して参りましたが、『追風者』ではそこは(基本的には)統一されていた。
でも、だからと言って、文字数を増やしてまで 蔣介石をわざわざ紛らわしい“ジャン・ジエシー”にするメリットは感じられず。
しかも、諱の“蔣中正”の時は“しょうちゅうせい”とルビを振っているわけだし、“しょうかいせき”で良いのに…。


なぜ「最低限 民国まで」かというと、歴史上日本がガッツリ絡んでいる時期だから。
おのずと、蔣介石に限らず、日本でもお馴染みの歴史上の人物が大勢おり、それら名前は全て日本語の音読みで呼ぶのが定着している。
<三国志>の曹操を“ツァオツァオ”ではなく“そうそう”とするのと同じこと。
たとえ有名ではない一般人だったとしても、当時の日本人は、中国人を日本語の音読みで呼ぶのが当たり前なわけだから、字幕での表記もそうした方が“時代感”も醸せる。


『追風者』の視聴者は、『陳情令』で王一博と中華ドラマのファンになった方々が多いと察する。
そういう方々も数年前だったら、「“ぎ じゃくらい(魏若來)”なんてイヤ!“ウェイ・ルオライ”にして!」「耳から入って来る音と違って違和感~!」などとSNS上で怒りの投稿をしまくりだったかも知れない。
しかし、中華ドラマを観慣れたり、歴史を知ったり、中国語を学び始めたとしたならば、そもそもカタカナで表記した名前なんて どうせ通じない“なんちゃって中国語”にしか過ぎないことや、字幕内制限文字数を実質上回らせているだけで邪魔なだけということに、いい加減 気付いているはず。


“ルビ不要、名前の表記は漢字のみが最も簡潔で字幕向き”というのが私の本音だけれど、どうしてもルビを振りたいのなら、合理性と時代感を優先し、最低限民国までの時代劇は、漢字とリンクして記憶し易い日本語の音読みに準じた平仮名ルビにするよう、各配給会社様はご検討願います。


まとめ

私は最終的に『追風者』を“第一次国共内戦の終焉までを描くドラマ”と理解したので、「西安事変翌日に魏若來が上海に舞い戻り、“孤雁”というコードネームを名乗るようになった沈圖南と組んで新たな段階に進む」という最終話は納得なのだが、率直に言うと、最後の方の数話は蛇足に感じてしまった。
革命に闘志を燃やす姿は極力抑え、数話削ってでも 潔く金融に特化したドラマにした方が良かったように感じるのだ。

もっとも、蘇維埃國家銀行の設立や運営に苦労があったり、彼らもまた隊に組み込まれ長征を行ったのは史実なのだから、上海を離れた後のパートも重要で、「どれも金融の話」と言われてしまえばそれまでだし、私自身、終盤の数話からさえも学べた事はあるので、まぁ、あれで良かったのでしょうかね?
名作との誉れ高い『覺醒年代~The Awakening Age』ですら、最後の3話は不要に感じてしまった私ですし…。


魏若來と沈近真の恋愛を、あれ以上強引に発展させなかった点は良かった。
いくら同じ理想を抱いていたとしても、あの時代にドイツ留学できたお嬢様と江西の貧農出身の青年を結ばせるラヴストーリーなんて、あまりにも綺麗ごと過ぎて、ドッ白けていたに違いない。
沈近真がお亡くなりになった時は、「これでドラマから恋愛要素が消えてくれた…」と正直なところ、ホッといたしました。


イギリスへ渡った蘇辭書と小魚兒の“その後”は気になって、色々想像を膨らませてしまう。
“孤雁”を名乗るようになった沈圖南は、つまり、共産党に入り上海で地下活動を始めたわけだから、妻子とはもう二度と会うことのない生涯だったのかも知れない。


“主旋律”と位置付けられるような民国モノで、近年私が観た作品では(時代がズレているしテーマも異なるけれど)『覺醒年代』が突出しており、『追風者』がそれを越えることはまず有り得ないけれど、誰にでも観易い娯楽ドラマであり、まぁ、これはこれで楽しめました。




『追風者』はきちんとした日本語字幕で観られる場所が沢山あるし、チャンネル銀河でもまた2026年1月26日(月曜)から連日再放送するようなので、ご興味ある方はどうぞ。


★黄金芒果獎2025!

2025年に入り、早くも十日近くが経過。
遅ればせながら、昨年2025年度の我が映画&ドラマ鑑賞を振り返り、賞を勝手に授与する例年通りのお一人様セレモニーを。


この度設定した賞は、メインは例年に従い、ドラマを対象にした芒果劇集奬(mangoドラマ賞)と、映画を対象にした黃金芒果奬(ゴールデンmango賞)
今回はさらに、不定期にやっている俳優賞 芒果最佳演員獎(mango最優秀俳優賞)に加え、2025年 日本映画業界の印象的な出来事を反映し、芒果華語動作片獎(mango中華アクション映画賞)芒果銀幕救援獎(mango銀幕レスキュー賞)なる賞も。


ほぼ例年通りにしたためたつもりが、今回はなぜか膨大な量になってしまった。
でも、普段のブログとは異なり、各作品のネタバレには触れていないので、その点はご安心を。


 ノミネートの条件 映画賞の対象は、2025年度、私mangoが 映画館、映画祭など、劇場のスクリーンで観た初見の作品のみとする。

よって2025年度劇場公開された作品でも、私にとって初見でなければ対象外の扱い。
また、放送や配信等で鑑賞した作品も対象外とする。

芒果劇集奬に関しては、2025年度内に観終えたドラマのみが対象で、鑑賞途中のものは含まない。


芒果劇集奬 mangoドラマ賞

大陸ドラマがパッとしない。
私は一年前も同じ事を言っているし、中国のドラマ界は本格的に低迷期に入ったのかも。

かつてのようなヒットが生まれない一番の要因は、配信の普及で人々の好みが細分化されたからであろう。
百人いれば百通りの好みがあるのは当然のことなので、皆が一方向を向いていない状況はむしろ自然だけれど、不景気で制作費や広告収入も縮小された昨今、少しでも効率的に商売をしようと→ターゲットをSNSで盛り上がり易い若い子に絞って制作するドラマが増加傾向と見受ける。
その狙い通り、実際に瞬発的には盛り上がるけれど、忘れ去られるのもあっという間という消費型コンテンツが量産され、心に残り大切に何度も観返したいと思わせる良作は、今やなかなか生まれず。

私自身、中国で発表される新作で「これ観たい!」と飛び付きたくなるドラマは激減したし、もし“My All-Time Best 10”を挙げろと言われたら、きっとそこに食い込む新作はほぼ無く、過去に観た作品ばかりで埋め尽くされそう。
良心的と言われていた制作会社 正午陽光が最近冴えないのも、①若年層狙い ②主旋律 ③過去の遺産への依存、この3つに偏っているからだと感じる。

まぁ、それでも、中国はそもそも制作本数が多いので、中には良作も多少は紛れているし、実は未見の過去の名作なども沢山あるので、ゆったりマイペースで視聴する分にはさほど問題は無いのかも。
2025年もビビッと直感した物に絞った結果、無駄が少なくクオリティの高い視聴ができた気がするし、実際、年間の賞決めにも何の迷いも無かった。

で、2025年度分は、金(1位)銀(2位)をそれぞれ一本。
さらに、「大好き!」「名作!」という手放しの絶賛ではなくても、何らかの意味で印象に残ったドラマを銅(3位)として5本選出。


2025年度:平原上的摩西

『平原のモーセ~平原上的摩西』

雙雪濤(そう せつとう/シュアン・シュエタオ)の同名小説を張大磊(チャン・ダーレイ)監督がドラマ化。
プロデューサーは、『鵞鳥湖の夜』(2019年)などで知られる刁亦男(ディアオ・イーナン)監督。

舞台を架空の街とし、張大磊監督の故郷 內蒙古で撮影しているけれど、根底には雙雪濤らしい苦難の東北史があり。
過去(1996年)に起きた未解決殺人事件が現在(2003年)に繋がっていくヒューマンミステリードラマは、“もう一つの『ロング・シーズン 長く遠い殺人~漫長的季節』という感じ。

作風は『漫長的季節』よりオーソドックスに撮られており抒情的。
ドラマというより“映像の文学”であり“7時間の映画”

このドラマが日本で正式に紹介されたのは、後にも先にも 2023年の第36回 東京国際映画祭の時のみ。
私はその時にスクリーンで鑑賞する機会を逃したことをとても後悔。
2025年12月 池袋で開催予定だった現代中国映画祭が張大磊監督特集を組むというので、『平原上的摩西』もかけてくれないかと期待していたのに、映画祭自体が何らかの事情で流れてしまった…。

現時点で日本で観られるのは愛奇藝 iQIYIでの配信のみだが、日本語字幕が悲惨すぎて意味不明なので(←確認済み)、中国語を解する方々にしかお勧めいたしません。
せしさんからのお話で、東京国際映画祭ではきちんとした日本語字幕が付けられていたことが判明したので、それを使って是非もう一度映画館で上映して欲しい…!
これ、一般的なドラマファンというより、シネフィル向きのドラマなのですよ。
『私の阿勒泰<アルタイ>-To The Wonder-~我的阿勒泰』なども映画的に撮られているけれど、『平原上的摩西』は遥かにそれ以上で、特に台灣新電影(台湾ニューシネマ)が好きな人などには合う気がする。





2025年度:茶館

『茶館 激動の清末、彼らの集う場所~茶館』

何群(ホー・チュン)監督による2010年度のドラマ。
タイトルからも察しが付くように老舍(1899-1966)の有名な戯曲をドラマ化した物で、私がこれに興味があった理由もそこ。

邦題には“激動の清末”とあるが、実際には清末はちょっとで民国の方が長く、北京の茶館を舞台に激動の約50年に翻弄される人々を描く歴史群像劇

老舍が原作というと、漠然と文学的で高尚な作風を想像してしまうが、実際にはかなり娯楽性があるし、少々古いドラマなので、作りが粗く感じる部分も多々ある。
それでもなお惹かれる物があったのは、内容こそ違えど、『趙氏孤児~趙氏孤兒案』『闖関東(ちんかんとう)~闖關東』を観た時の感覚に近い。

キャスト陣には白塗りアイドル男優などはおらず、主演の陳寶國(チェン・バオグオ)をはじめ大人の実力派揃いなので、心穏やかに演技を堪能可能。
(浮世離れした性悪女形なら出てくる。←私のお気に入りキャラクター)

近年はweb小説のドラマ化が腐るほど有り、中には良作も有るけれど、“似たり寄ったり”が多いのも事実。
さすが老舍は長年語り継がれ、残っているだけあると、唸らされました。
(本来なら3時間程度の舞台劇を全39話に膨らませているので、そこには当然ドラマオリジナルの展開やエピソードが含まれているわけで、純粋な“老舎作品”とは言えないかも知れないが。)




これ以降は 銅(3位)を一気に5本!


2025年度:山花爛漫時

『山花爛漫時 She and Her Girls』

2024年秋 中国でヒットし、その年 最高の9.6ポイントの高評価を得た話題作。

主人公は1957年生まれの張桂梅(ジャン・グイメイ/ちょう けいばい)
悲惨な一生を送る女性たちを貧困から脱却させるために教育の必要性を感じ、雲南省に無料の全寮制女子校を設立し、女子教育に心血を注ぎ、七一勳章を受章した実在の教育者。
描かれているのはほぼ実話で、張桂梅の自伝的ドラマでもある。

あまりにも評判が良いため、大層な感動作を想像している日本人は多いと思うけれど、恐らくその想像とは結構なズレがあるはずで、色んな意味でギョッとさせられるドラマ。
私にとっての一番の見所は、ゴリゴリの党員で、ちょっと時代錯誤な面も有る、強烈キャラの張桂梅先生を演じる宋佳(ソン・ジア)

宋佳は同年、ドラマばかりか映画でも、『好東西~Her Story』で高く評価された。
でも私からすると、『好東西』で演じている“王鐵梅”は宋佳らしい役なので、驚きはあまり無い。
一方、『山花爛漫時』の張桂梅先生は、宋佳が新たな一面を見せてくれている役で、非常に新鮮であった。

なお、監督は、京劇出身俳優から裏方に転身し、アイドル史劇『星漢燦爛(せいかんさんらん)~星漢燦爛·月升滄海』をヒットさせた費振翔(フェイ・ジェンシアン)
『星漢燦爛』にすっかり退屈した私には、こちらの『山花爛漫時』の方がずっと観易かった。





2025年度:平凡之路

『見習い弁護士 パン・イエン~平凡之路』

法律事務所を舞台に描くお仕事ドラマであり、邦題通り、見習い弁護士たちを主人公に、彼らが悩みながらも前進していく姿を描く新人たちの成長物語
若い弁護士見習いを演じているのは、郭麒麟(グオ・チーリン)金晨(ジン・チェン)晏紫東(イエン・ズードン)など。

偶像劇にも仕立てられそうな題材だが、『懸崖~The Brink』や『白鹿原(はくろくげん)~白鹿原』といった高評価ヒット作をもつ劉進(リウ・ジン)監督が手掛けており、ちゃんと大人の視聴に堪えられる作風になっているし、かと言って小難しいわけでもなく、気軽に楽しめる感じ。

新人たちを主人公にしたお仕事ドラマでは、『甘くないボクらの日常 警察栄誉~警察榮譽』が中国で評判になったけれど、私自身はこちらの『平凡之路』に軍配を上げる。
BS無料放送でもしたら、人気になりそうだけど、チャンネルアジア独占配信ゆえ、なかなか人々の目に留まらず埋もれているのが残念なので、応援の気持ちも含め挙げておく。





2025年度:新生

『新生 5つの顔を持つ男~新生』

WOWOWが扱い、全10話という手軽さだったので、消極的に観始めたら、意外と良かったドラマ。

内容は、謎の死を遂げた“費可”という男の追悼会に呼ばれ、そのまま監禁された立場も年齢も異なる5人が、それぞれに費可と関わった過去を語り、そこから徐々に暴かれていく費可の人物像と事件の真相を描くヒューマンサスペンス
私自身は実のところ最終回のオチには納得していないのだが、それでもなお、そこまでのプロセスを楽しめたし、費可を演じるアイドル出身 井柏然(ジン・ボーラン)を俳優として見直したドラマでもあり。

演出を手掛けたのは、近年『ノー・モア・ベット~孤注一擲』(2023年)『南京照相舘~Dead To Rights』(2025年)といった映画を大ヒットさせた申奥(シェン・アオ)監督。
映画作品だと広く大衆を狙った商業娯楽作を撮っているが、ドラマ作品の方ではむしろ攻めていてる。
そんな点も気に入りました。





2025年度:長安的荔枝

『長安的荔枝~The Litchi Road』

馬伯庸(ば はくよう/マー・ボーヨン)の同名小説を、曹盾(ツァオ・ドゥン)+高翔(ガオ・シアン)両監督によりドラマ化。
この小説は大鵬(ダーポン)監督主演で映画化もされ、日本でも『長安のライチ』の邦題で2026年1月に公開予定。

内容は、楊貴妃のバースデーに嶺南から長安へ新鮮なライチを運べという無理難題を押し付けられた下級役人の奮闘を描く唐代フィクション時代劇

中国では、映画版はヒットしたけれど、ドラマ版の方は芳しい評価を得られず。
日本でもヒットし易いのは、恐らく映画版の方であろう。
そもそも普通の日本人は35話もある中国のドラマなんて観ませんので。

私自身はまだ映画版を観ていないのだけれど、それでも、これまでの監督の作風やキャスト陣の顔ぶれなどを比べ、映画版よりドラマ版の方が自分好みのような気がしてならないんですよねぇ。
(映画版もそれなりに楽しめるとは思うけれど、あくまでも“好み”ならドラマ版という予感。)
『長安的荔枝』は、曹盾監督の名作『長安二十四時~長安十二時辰』には遠く及ばないけれど、『長安十二時辰』のレベルが高すぎるのであり、『長安的荔枝』だって近年の一般的な大陸時代劇と比べたら充分な出来。
中国では出演者のスキャンダルも起き 散々な叩かれようだったが、日本では問題ナシと感じるし、『長安十二時辰』を小難しくて退屈と感じた視聴者には、むしろ『長安的荔枝』の方がウケるとさえ思える。





2025年度:我們的東京故事

『私たちの東京ストーリー~我們的東京故事』

隠れた“迷作”も入れておく。
過去にはフジテレビのドキュメンタリーシリーズ『私たちの留学生活~日本での日々』を手掛けた経験がある、大富チャンネルの社長 張麗玲(ちょう れいれい)が制作した日中合作ドラマ。

過去のドキュメンタリーシリーズの延長線上にあるドラマで、1989年に私費留学生として来日した女性を中心に、在日中国人留学生たちの約35年に渡る足跡を描く群像劇

素人の手作り感が漂い、ツッコミ所も満載。
…なのに、やけにリアルなのだ。
明言はされていないけれど、これは張麗玲社長の半自伝的ドラマと理解して間違いないであろう。
作りこそガバガバだが、真実に裏付けられているから、ここ数十年の日中関係を追っていた人なら頷けたり、「あれ、そういう事だったの?!」と驚ける要素も多々あり、昨今の半端な中華ドラマより余程楽しめる。
私は、これ、ニッチな市場では語り継がれる伝説のドラマに成り得るとさえ思っておりますよ。
(そんなドラマなのに、磯村勇斗がちらりとゲスト出演していたのも驚いた。)




芒果華語動作片獎 mango中華アクション映画賞

映画作品のベストへ行く前に、番外的な賞、芒果華語動作片獎(mango中華アクション映画賞)を。

私自身は本来アクション映画は特別好きなジャンルではないのだけれど(別に嫌いでもないが)、2025年の日本は久し振りに中華アクション映画が熱かったので、その年の日本映画業界特筆事項として取り上げておくことにいたしました。
以下、金と銀 2本を選出。


2025年度:九龍城寨之圍城

『トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦~九龍城寨之圍城』

内容は、1984年の香港九龍城砦を主な舞台に、そこに流れ着きようやく自分の居場所を見付けた孤独な男と彼の仲間たちが問題に巻き込まれ、死闘を繰り広げるアクション映画。

アクション映画としてだけではなく、広く“香港映画”として、久々に日本で盛り上がった作品。
2024年度内は映画祭などで観た従来の香港映画ファン限定で語られていたけれど、2025年1月に一般劇場公開されると、それまでこの手の作品を観なかった層にまでじわじわと浸透していき、意外なヒットとなり、監督やキャストが来日したり、原作本の邦訳が出版されたり、関連グッズが売り出されたり、香港ツアーが企画されたりと、盛り上がりを見せた。
(そのせいで、悪趣味な邦題『トワイライトウォリアーズ』ばかりか、輪を掛けて気持ち悪い略称『トワウォ』も定着…。この状況だと、続編はほぼ確実に『トワウォ2』になってしまうであろう。)





2025年度:捕風追影

『シャドウズ・エッジ~捕風追影』

2007年の香港映画『天使の眼、野獣の街~跟蹤』を、中国の楊子(ラリー・ヤン)監督がリメイク。
同監督が成龍(ジャッキー・チェン)とコラボする第2弾。

内容は、監視と追跡による警察と犯罪組織の攻防戦を描いたクライム・アクション映画。
香港オリジナル版の根幹を残し、ド派手なエンタメ映画に変身。

主演の成龍は1954年生まれで、すでに70歳越え。
近年は共産党寄りだのプロパガンダ臭がするなどと揶揄されることも多く、ヒットに恵まれていなかったが、本作品が2025年12月に公開されると、既存の成龍ファン、香港オリジナル版ファン、ご新規さんと各方面から受け入れられた。
なお、私個人的には、成龍以上に“梁家輝(レオン・カーファイ)映画”でございました。




『九龍城砦』に始まり『捕風追影』で終わった2025年 中華アクション祭り in 日本!

両作品とも、おやじたちがかっこいい一方で若手の活躍も見せる、二世代型であるのが共通でありました。


奇しくもこの2作品は共にクロックワークスの配給。
中華アクション映画には珍しくまともな日本語字幕を付けて公開したことは大いに評価するけれど、キャスト名の誤表記は酷すぎる。(特に『捕風追影』。)

いつの間にかできた『捕風追影』日本語Wikipediaも、もしやクロックワークスが作らせたの?
大量のカタカナ羅列キャスト名が滅茶苦茶なので、以下に訂正しておく。


『捕風追影』キャスト名 抜粋 梁家輝:レオン・カーファイ / レオン・カーフェイ
張子楓:ジャン・ズーフォン / チャン・ツィフォン
此沙 : ツーシャー / ツー・シャー
王振威:ワン・ジェンウェイ / ワン・ツェンウェイ
林秋楠:リン・チウナン / チェイニー・リン
周政傑: ジョウ・ジェンジエ
蘆芳生: ルー・ファンション / ルー・ファンシェン


昔から取りざたされていた梁家輝の「“カーフェイ” “カーファイ”、どっち?」問題は、最近 広東語を解する複数の方々のご意見で“カーファイ”に落ち着いたようなので、私も気付き次第 当ブログ過去記事の表記を順次それに統一していくことにいたします。

林秋楠は、映画でもアルファベット表記は“Lin Qiunan”とクレジットされていたはずなので、英語名を使うべきかどうかは微妙。

“周政傑=ジョウ・ジェンジエ”は東京国際映画祭が使った表記だけれど、中国語のプロ翻訳者様方だと近年なら“ジョンジエ”と表記する傾向の音なので、どちらにするか様子見。

蘆芳生はドラマ視聴者を中心に 正しい“ルー・ファンション”がすでに根付いている。
彼は長年日本で暮らしていたので、そもそも日本では無理矢理なカタカナ中国語名など名乗らず、他の在日華人と同じように、流暢な日本語で“ろ・ほうせい”、もしくは「わたくし“ろ・よしお”と申します」と言っていたでしょうね。(私のPCも“ろ よしお”で一発変換。)
日本に帰化しているので、もしかして実は“蘆田(あしだ)”みたいな日本的な苗字も持っていたりして。


もしクロックワークスが「誤表記も発信し続ければ定着し正解になる」という考えなのだとしたら無責任。
そもそも対象が日本人なら、誤表記に気付いた時点で即 お詫び&訂正するだろうに、外国人なら誤表記をバラ撒いた上でゴリ押しだなんて、会社の内向きな姿勢が見えてしまい、イメージが非常に悪い。
間違いはさっさと認め訂正した方がずっと好印象です。
あと、華人の名は日本人と同じように漢字表記をメインにするように。
(中国語を解する人でも、カタカナ名を見て誰のことだか分からないし、記憶にも残らない。)


芒果銀幕救援獎 mango銀幕レスキュー賞

もう一つ番外的な賞、芒果銀幕救援獎(mango銀幕レスキュー賞)も。

近年「これはきっと日本にも入って来るはず!」と期待的確信をしている映画が、Netfixなどの大手配信サービスに直行してしまうケースが増え、スクリーン第一主義の私は失望。
配信に直行すると、作品はただの“コンテンツ”と化し、ぞんざいに扱われ、多くの場合、どんな言語の作品でも 安価に人材を集めやすい英語から翻訳をする悪質字幕が付けられてしまうのも問題。

ところが、2025年はすでに配信されている作品でも劇場公開され、しかもそこそこの話題になる例が。
以下、金と銀 2本を選出。


2025年度:富都青年

『Brothe ブラザー 富都(プドゥ)のふたり~富都青年』

評判のマレーシア映画であったが、Netflixに直行。
ところが2025年1月末、邦題を変え、一般劇場公開され、監督とキャストまで来日し日本の観衆と交流。

内容は、マレーシアに生まれ育ちながらも身分証を得られず、社会の底辺で生きている兄弟の過酷な人生を描く人間ドラマ。
観ているこちらまで苦しくなってくる辛い話なのだが、日本では一般に知られていないマレーシアの身分証の制度などについても分かり、興味深い。





2025年度:我在這裡等你

『鯨が消えた入り江~我在這裡等你』

こちらもNetflix直行となった台湾映画(実質 香台合作)だが、2025年8月に一般劇場公開。
邦題は強気にもNetflixと同じまま。
つまり、“すでに配信で観たけれど 劇場の大きなスクリーンでちゃんと観たい!”という熱心なファンを一番に狙ったのかも知れない。

内容は、台湾のチンピラと香港の作家の時空を超えた不思議な縁(えにし)を描くファンタジー仕立てのロードムーヴィ

主演の一人 劉俊謙(テレンス・ラウ)が『九龍城砦』でぐっと知名度を上げたというタイミングの良さも有ったし、香港映画ファンの心を掴む要素や、台湾の風景が楽しめるなど、結構広い層を巻き込め、結果的にミニシアター系台湾映画としては2025年一二を争うヒットとなったのでは?




すでに配信済みの作品がこのような形で改めて日の目を見るのは、恐らく配信の権利と劇場公開の権利が異なる物だから可能なのであろう。
可能であっても、すでに激安配信で観られる作品の劇場公開用権利を買うことは、配給会社にとってはリスクのあること。
それを敢えてやってくれる配給会社様には感謝しかないので、大いに称賛させていただきます!

2025年度:芒果銀幕救援獎

つまり、この賞は、作品自体というより、私mangoが配給会社様に捧げたい賞
つまり、つまり、リアリーライクフィルムズ(『富都青年』)とMARCH(『我在這裡等你』)への賞。

この2社は、英語から翻訳させるNetflixなど大手配信会社と違い(中国語ができないくせにVikiでは飽き足らず自分から「やらせろ」と売り込む迷惑な自称“ボランティア”翻訳者まで使った“人工翻訳”を提供する中国大手配信会社は社会規範的にも問題あり)、中国語プロ翻訳者を起用し、中国語から直接翻訳した日本語字幕を新たに付けて劇場公開した点も評価。
(但し、リアリーライクフィルムズは、人名のカタカナ表記を漢字表記に改めるべし。)

人というのは、無意識下で、払った労力や金額に見合った物を求めてしまうもの
貧乏日本で今や映画館は贅沢な娯楽の場になっているので、激安配信との差別化は絶対に必要。
この2社は、それを理解しているのだと感じました。


2025年は他に台湾映画『鬼才の道~鬼才之道』なども、Netflixで終わらず劇場公開された。
こういう形の公開は大歓迎なのでどんどん増えて欲しいけれど、『鬼才之道』配給のTWIN系JAIHOは、『ロングショット~老槍』の方をどうにかして欲しかったわ…。





2025年度:Quand vient l'automne

なお、MARCHは創業第1弾で扱ったフランソワ・オゾン監督作品『秋が来るとき~Quand vient l'automne』も良かった。
(これは配信→劇場ではなく、最初から普通に劇場公開作品。)



黃金芒果奬 ゴールデンmango賞

ドラマと違い映画は豊作。
そのせいか、2025年は例年以上にブログに記録を残せなかった鑑賞作品が多数。
(せっかく抽選で当たって鑑賞した『風林火山』さえ未だに書き残しておらず…。)
それでもベストは「これ!」という作品が迷わず思い浮かぶので、その一本を金とし、他、色んな意味で印象に残った作品をひっくるめて次点とし10本挙げることにいたします。


2025年度:狗陣

『ブラックドッグ~狗陣』

監督 管虎(グアン・フー)+主演 彭于晏(エディ・ポン)お犬様による中国映画。

中国人にとっては忘れ難い2008年を時代背景に、10年の服役ですっかり社会から置いてけぼりを食らった孤独な男が犬との交流を通し徐々に再生していく姿を描く人間ドラマ。

管虎監督がパンデミックの期間に思い立ち制作した作品で、第77回 カンヌ国際映画祭に出品され、ある視点部門グランプリとパルムドッグ審査員賞をW受賞。
日本に入ってきている管虎監督作品は、近年の“いかにも”な中国大作映画ばかりだが、それらとは別物。
強く作家性が感じられる本作品を観たことで、大きなプロジェクトの進行が停止してしまったパンデミック下では、監督自身が本当に撮りたいと欲した物を素直に撮ったのではないかと想像させられた。

ドラマから映画界へ進出し、すっかり“筋肉俳優”化したことを残念に思っていた彭于晏を久々に良いと思えた映画でもあり。

私は一度目の鑑賞で引っ掛かる何かを感じ、2度目の鑑賞で大好きになり、結局 映画館で3回鑑賞。
本当は4回目も行きたかったのだが、上映館や上映回数が少な過ぎ、スケジュールが合わなくて断念。




以下 次点の作品をドーンと10本!


2025年度:日掛中天

『日掛中天~The Sun Rises on Us All』

第82回 ヴェネツィア国際映画祭でヴォルピ杯 女優賞を受賞した蔡尚君(ツァイ・シャンジュン)監督作品が数ヶ月後 第26回 東京フィルメックスのオープニング作品に。
その際の邦題は『太陽は我らの上に』

内容は、広州を舞台に、過去に罪を犯した女が、良き人となって未来へ向かいたいという一縷の望みのために必死に罪滅ぼしをしようとする約一ヶ月の贖罪の物語

主演級のスタア俳優をズラリと揃えたことを売りにする昨今の中国大作映画は “企画もの臭”がし、私はいい加減 懐疑的であり、ミニマムで作家性の強い作品により惹かれる。
本作品は登場人物 実質3人だけの小品で、奇を衒わない物語を俳優たちの演技で見せるような作り。
ヴェネツィアで女優賞を受賞した辛芷蕾(シン・ジーレイ)をはじめとするキャスト陣の演技に魅入った。
またセットで撮影した作品とは違うリアルな生活臭が感じられた点も評価。





2025年度:敵

『敵』

2024年 第37回 東京国際映画祭で最高賞 東京グランプリ+最優秀監督賞+最優秀男優賞の3賞受賞の吉田大八監督作品を、2025年の一般劇場公開を待って鑑賞。

元大学教授の独居老人の人生最後の日々をモノクロの映像で綴った作品。
吉田大八監督も年を重ね、小津安二郎風の味わいある作品を撮るようになったのだと しみじみ鑑賞していたら、途中から奇想天外なSFに変化。
原作が筒井康隆の小説と知り納得したが、前情報なしで観た私はびっくり。
主演の長塚京三が80を目前にキャリアの頂点を更新した“長塚京三映画”でもあり。
この映画で私はすっかりキョーゾウ贔屓に。

2025年の日本は、邦画では『国宝』が大ヒットしたけれど、私は断然こちらの『敵』が好み。
邦画では他にも三宅唱監督作品『旅と日々』が地味ながらじんわりと惹かれる部分があった。





2025年度:黒川の女たち

『黒川の女たち』

邦画からもう一本、松原文枝監督作品を。
内容は、開拓移民として中国大陸へ渡ったものの、日本の敗戦が色濃くなったことで、仲間たちを救うためソ連兵の性接待に駆り出された岐阜県黒川村出身女性たちの証言をもとに、戦争の悲劇を浮き彫りにするドキュメンタリー映画

私自身は、同じテーマを扱ったテレビのドキュメンタリー番組を過去に2本観たことがあったため、“初めて知る史実”ではなかった。
しかし、まるで“戦前”かのような危うさがある今の日本だからこそ、実体験者たちが辛うじて御存命の内に証言を記録しておくことは重要であり、本ドキュメンタリーにはその意義を感じた。
過去の過ちを認めない人/国は、一定期間おくと、多くの場合また同じ過ちを繰り返す。
悲惨な未来を防ぐためにも、負の歴史こそ語り継ぐことが大切。

一つ残念だったのは、映画館は盛況だったものの、観客の大半が高齢者で占められていたこと。
戦争経験者やそれに近い世代ほど「あの時 本当はどうだったのか?」という関心が高いのだと思う。
でも将来を考えるならば、こういう作品は本当は高齢者よりは下の世代こそもっと観るべきなのでは。





2025年度:Conclave

『教皇選挙~Conclave』

ロバート・ハリスの小説をエドワード・ベルガー監督が映画化、主演はレイフ・ファインズ
脚色は『裏切りのサーカス』のピーター・ストローハンが手掛け、第97回 アカデミー賞 脚色賞を受賞。

タイトル通り、ローマ法王を選出する教皇選挙(コンクラーヴェ)を描くミステリー映画で、舞台はシスティーナ礼拝堂ほぼ一ヶ所という密室劇
教皇選挙権を有するのはベテラン枢機卿なので、おのずとキャスト陣の平均年齢もやたら高い。
高齢お兄様方が密室でもめている様子を描いている、ただそれだけなのにスリリング。

これはきっと2025年度Bestに挙げる日本人が多い作品ですよね。
しかも、この映画が日本で公開中の2025年4月に、第266代ローマ教皇 フランシスコ(1936-2025)がお亡くなりになり、本物の教皇選挙が行われたので、私はこれまでにない興味で報道に見入った。





2025年度:C'è ancora domani

『ドマーニ!愛のことづて~C'è ancora domani』

俳優として有名なパオラ・コルテッレージの初監督作品で、主演も兼任。
現地イタリアでは2023年度最高の興行収益を上げる大ヒットを記録し、第69回 ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞では主要4部門を制覇。
…そう聞いてもさほど惹かれていなかった私に俄然興味が湧いたのは、中国の賈樟柯(ジャ・ジャンクー)監督が新たに立ち上げた配給会社で第1弾として扱ったのが本作品だったため。

内容は、戦後間もない1946年のローマを舞台に、自分を犠牲にしながら日々の生活に追われている女性が、“ドマーニ(明日/未来)”を変える一歩を踏み出すまでを描く物語。
小難しくも説教臭くもなく、上手いエンタメに仕上げたフェミニズム映画

中国では公開されると、あっという間に本国イタリアを除く世界一興行収益を叩き出し、第38回 中國電影金雞獎で最佳外語片(最優秀外国映画賞)を受賞。
これが受け入れられる今の中国を羨むと同時に、本来なら日本でももっとヒットしていたはずの作品だと感じた。
普段ネタバレを気にしない人も、これは情報を入れずに鑑賞を!





2025年度:黃驥+大塚竜治 女性三部曲

黃驥+大塚竜治監督 女性三部作

ちょっとズルをして、『卵と石~雞蛋和石頭』(2012年)+『フーリッシュ・バード~笨鳥』(2017年)+『石門(せきもん)~石門』(2022年)という3作品をまとめてランクイン。
黃驥(ホアン・ジー)+大塚竜治(おおつか りゅうじ)という日中メオト監督による“女性三部作”
(正確には、大塚竜治は第1弾の『雞蛋和石頭』には“監督”という立場での参加ではない。)

全ての作品で主人公は姚紅貴(ヤオ・ホングイ)が演じ、3作品は彼女を通し描く女性の十年の記録にもなっており、また、どの主人公にも黃驥監督自身の投影が感じられる。
全て中国では公開許可が下りていないが、かつて黃驥監督は「映画監督にとって最初の作品はとても重要で、それらは純粋な状態であるべき」「(公開許可は下りるに越したことないが)カットを余儀なくされるのであれば得ようとは思わない」と話していることからも、監督にとってはパーソナルで大切な作品なのかも知れない。

どれも保守的な田舎をまるでドキュメンタリーのような作風で淡々と見せ付けられ、かなりヘヴィなのだが、観終わってからもなんか考えてしまう作品群。
日本では、最新作の『石門』が第60回 金馬獎で受賞した後に配給が付き、その公開に合わせ、過去の2作品も公開に至った。
私自身は、メインの『石門』より、“オマケ”的公開だった過去2作品により惹かれた。









2025年度:All We Imagine as Light

『私たちが光と想うすべて~All We Imagine as Light』

インドのパヤル・カパーリヤー 長編監督デビュー作。
第77回カンヌ国際映画祭にて、インド映画として初めてグランプリを獲得。

内容は、ムンバイを舞台に、境遇が異なる3人の女性がそれぞれに問題を抱えながらも自らの人生と向き合う姿を描いた物語。
女性の生きづらさや女性たちの連携も重要な要素で、本作品もまた女性映画と言えるであろう。

これを黃金芒果奬に入れるかどうかは少し迷った。
と言うのも、私自身にスコーン!と嵌り、無条件で「好き!」と思える作品ではなかったから。
でも、人々がイメージしがちな 良くも悪くも分かり易いインド娯楽作品とは明らかに毛色が異なり、新鮮に感じ、エポックメイキング的インド映画として記憶しておきたいと思った。
ちなみに管虎監督は、日本のインタヴュで最近注目したアジア映画を訊かれ、本作品を挙げておられた。





2025年度:女孩

『女孩~Girl』

台湾からも女性映画を一本。
俳優として日本にもファンが多い舒淇(スー・チー)の長編監督デビュー作。
第82回ヴェネツィア国際映画祭のコンペティション部門に選出されただけでも驚いたが、第30回 釜山国際映画祭では監督賞まで受賞。
日本では第26回 東京フィルメックスでお披露目され、その際の邦題は『女の子』

内容は、1980年代の台湾基隆を舞台に描く孤独な少女の成長記。
勿論色々な部分で創作されてはいるが、舒淇自身の少女時代を描いた半自伝的映画である。

傑作とまでは思わないのだけれど、舒淇がこんなに映画を撮れるとは思っていなかったので感心したし、私が苦手な昨今の台湾娯楽映画とは違う かつての台湾映画らしい風合いも感じられたのが良かった。
何より、本作品を通し、舒淇にとって侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督がいかに大きな存在であったかを感じ取り、侯孝賢監督ファンの私はジーンと来てしまったのです…。





2025年度:漂亮朋友

『べラミ 気になるあなた~漂亮朋友』

中国の耿軍(グン・ジュン/ゲン・ジュン監督による実質中国映画だが、制作国はフランス+ポルトガル。
第61回 金馬獎では3部門で受賞。
同年、金馬獎で大きな賞を分け合った婁燁(ロウ・イエ)監督作品『未完成の映画~一部未完成的電影』共々、監督たちの母国中国では公開が許されていない“御法度映画”。

と言うのも、本作品は同性のパートナーを求めている3人の中年男性を中心に展開するラヴストーリーだから。
これも『ブラックドッグ~狗陣』の管虎監督と同じように、耿軍監督が人との距離を置かなければならなかったパンデミック下で着想した作品。
今ほどスマートフォンに依存していなかった2013年を背景に、他者との間に温もりを求める人々を描いており、後味がなんか優しく温かなのだ。
“黒龍江省のジャームッシュ”という日本の宣伝文句も理解できる独特なノリとセンスが好みに合ったし、冴えない東北のおじさんたちも仕舞いには愛おしく感じられた。





2025年度:從今以後

『これからの私たち All Shall Be Well~從今以後』

クィア映画をもう一本、こちらは香港映画。
楊曜愷(レイ・ヨン)監督作品で、高齢のレズビアンが主人公。
単純な好いた腫れたを描く恋愛映画ではない。
日本と同じように同性婚が認められていない香港で、パートナーに突然先立たれてしまった女性が直面する問題を描いている。
異性愛者だろうと同性愛者だろうと老いや死は同じ様に襲ってくるものだが、遺産相続に関しては、法的に守られていない同性愛者が圧倒的に不利なんですよねぇ…。

楊曜愷監督は、本作品の前に、高齢男性同性愛者を主人公にした『叔·叔~Suk Suk』(2019年)を発表。
評判の良い作品だが、私はそれを未だに観ていないので、「そっちも買い付けて公開して!」という願いも込め、『從今以後』を2025年度 黃金芒果奬に入れました。





2025年度:飛行家

『飛行家~Take Off』

これもまた原作は雙雪濤(そう せつとう/シュアン・シュエタオ)の小説で、鵬飛(ポンフェイ)監督が映画化。
雙雪濤は原作者であるばかりか、エグゼクティヴプロデューサー+脚本家としても名を連ね、作品にかなり深く関わっている。
ワールドプレミアは第38回 東京国際映画祭で、その際の邦題は原題と同じまま『飛行家(ひこうか)』

内容は、飛ぶことに魅せられた男の半生を 中国東北部 1970年代末から現在までの約50年に重ねて描く人間ドラマ。
雙雪濤の小説を映像化した他の多くの作品と同じように、背景には東北の苦難の歴史があり、それは作中のあちらこちらから感じ取れるのだが、重く暗くなりがちな他作品と違い、郷愁とロマンがある楽しいエンタメ映画になっているのが、ちょっと新鮮。
(そのエンタメ性が国際映画祭向きではない!と本作品を批判する人々の気持ちも理解できる。)

主人公夫婦を演じる蔣奇明(ジアン・チーミン)李雪琴(リー・シュエチン)も魅力的。
実際には賞を逃しているけれど、私の中の第38回 東京国際映画祭 最優秀男優賞は蔣奇明よ。




あら、数えたら10本ではなく11本(正確には13本)になってしまっている…。
どれを削るべきか決められないので、もうこのままにいたします。
どうせ私個人の“お一人様映画祭”だし。


芒果最佳演員獎 mango最優秀俳優賞

2025年度:蔣奇明

 蔣奇明(ジアン・チーミン)

世の中に優秀な俳優は沢山いるけれど、私の2025年はやはり“蔣奇明イヤー”だった気がいたします。
彼はパンデミックを機に舞台から映像へとお仕事の幅を広げたので、私にとっては比較的新しく好きになった俳優だが、なんと2025年はここ日本で2度もナマでお目に掛る機会が。


2025年度:蔣奇明

舞台『ミックスサラダ~雜拌、折羅或沙拉』東京公演

日本で中国の舞台と言えば、伝統劇や舞踏が主であったが、2025年夏には珍しく現代劇の公演が行われた。
その主要キャストの一人が蔣奇明。
お江戸にいながらにして、まさか蔣奇明のナマ芝居を観られる日が来るなんて予想だにしていなかった。
映像作品を通し蔣奇明を演技派と認識してはいたけれど、画面越しではなく 劇場という空間で直に体感するお芝居は伝わってくるものがより強く、格別な体験となりました。




2025年度:蔣奇明

東京国際映画祭『飛行家~Take Off』ワールドプレミア

前述のように、鵬飛監督作品が第38回 東京国際映画祭でワールドプレミア上映され、監督や原作者と共に主演の蔣奇明も来日し、上映終了後には登壇してQ&Aを行った。
夏に舞台を見て、それだけでもう充分感激していたのに、その約4ヶ月後にまたお目に掛れるなんて夢のよう。
日本在住日本人俳優だって、なかなかその頻度でナマで見ることは無いし。




まとめ:2026年に向け…

蔣奇明を見たその東京国際映画祭からほんの一週間後の2025年11月7日、サナエの例の発言により、日中関係は一気に悪化
2026年がどうなるかは、まだ1月の現在では先が読めない。
関係改善に向かわなければ、今年は(そしてそれ以降も…)楽しいイベントは期待できない。
「2025年が最後の楽しい奇跡の一年だった…」なんて郷愁に浸りたくないわ…。

斜陽の日本では円安も歯止めが利かず、映画やドラマの買い付けも相当大変になっていると推測。
外資の大手配信サービスがボロ儲けしているにもかかわらず 劣悪字幕でぞんざいに作品を垂れ流しているため、この苦境できちんと作品を提供して下さる日本の配給会社の存在意義を本当に有り難く感じるようになった昨今の私mangoでございます。
まぁ、私一人の応援ではどうにもならないんですけれどね…。
政治は芸能娯楽といったささやかな楽しみにも大きく影響し、暗い影を落とす。
世界平和は本当に大事


当ブログに関しては、無料全公開をいい加減改めなくてはと思いながら、2025年も手を打てず、出禁にしたい人もウエルカム状態のまま。
『九龍城砦』がヒットし新規参入者が増加したことで平穏が乱されたとお嘆きの香港映画ファンは多いと見受けるけれど、あれくらいで嘆いていたら、もっと悲惨で“入居者の質が悪い場末の養老院”状態になっている中華ドラマ界隈では精神を病みますよ…。
SNSは顔が見えない分、人間の本性や その人の社会の中での立ち居振る舞い方が 広く公けに露見する恐ろしい場所だと認識せずに、徘徊しながら終の棲家で存在感を示そうと悪はしゃぎする“入居者”多数。
そこに“入居”せず(群れず)我が道を行く少数の方々、私を御理解いただき協力的にルールを守って下さる方々は、傍目にも好感度が高く、大変感謝もしているのですが、そうではない人の浅ましさには本当にうんざり…。


映画やドラマの今後や、すでに起きている制作の問題などに関しては、書き出したらキリが無い。
思うところを一つだけ挙げると、このまま技術が進むことで、もう間もなく、機材さえあれば小さなスタジオの中で映像作品は出来上がるようになるはずだが、すると、どんどん表現がリアルになってきているアニメやゲームと実写作品との垣根が無くなりますよねぇ?
実際、特に中国のドラマを観ていると、人工的だと感じる部分が増えており、実写の特質が薄れてきているし、俳優もお顔の人工進化が進んでいることで(平たく言えば美容整形)、AI生成された虚像との差が縮まってきている。
少なくとも現時点での私は、そういう物に魅了されておらず、それどころか余計に、人の温度やリアルな生活の匂いが感じられる作品、作家性の強い作品、また人間味のある俳優たちに魅力や価値を見い出すように。
この先 目が慣れていくことで、私の好みも変わっていくのだろうか?
それとも、益々反動が大きくなっていくのだろうか?


まぁ、とにかく、2026年も具体的に何を観たいといった要望はございません。
ドラマは新作以上に旧作、過去作品のリピート視聴、そして きっと益々絞って少数精鋭に。
映画の新作はそれなりに豊作の予感も。
デジタルリマスター版での旧作再上映は今や映画館の重要なプログラムになっているけれど、同様に、配信直行作品の劇場公開が増えることにも期待!

以上 2025年度 黄金芒果獎の中に皆さまも納得の作品、逆に「えっ、それ?」と同意しかねる作品はございましたか。

2026年、私が、そして皆さまも、新たなお気に入りに出逢えると良いですね!


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